分類 | 魔槍 | 名槍 | 魔剣 | 名剣 |
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表記 | ◇ガ-ジャルグ(小辻a) ◇ガ=ジャルグ(小辻b) ◇ガ-デルグ(小辻a) ◇Ga-derg(Joyce) ◇Ga-dearg(Joyce) ◇Gáe Dearg(MacKillop) ◇Gáe Derg(MacKillop) | ◇ガ-ボー(小辻a) ◇Ga-boi(Joyce) ◇Ga-buidhe(Joyce) ◇Gáe Buide(Mackillop) ◇Gáe Buidhe(MacKillop) ◇Gáe Boi(MacKillop) | ◇モラルタ(小辻a) ◇Morallta(Joyce) ◇Moralltach(Joyce) ◇Móralltach(Mackillop) | ◇ベガルタ(小辻a) ◇Begallta(Joyce) ◇Beagalltach(Joyce) |
◇Crann-derg(Joyce) | ◇クランボ(小辻b) ◇Crann-boi(Joyce) ◇Crann Buí(MacKillop) ◇Crann Buidhe(MacKillop) | |||
語意・語源 | ◇"red javelin"(Joyce) ◇"Red Javelin"(Squire) ◇"red spear"(MacKillop) ◇「紅き投げ槍」(ハル) ◇「赤き投げ槍」(健部) ◇「赤槍」(小辻a) | ◇"yellow javelin"(Joyce) ◇"yellow spear"(MacKillop) ◇「黄槍」(小辻a) | ◇"great fury"(Joyce) ◇"great fury"(MacKillop) ◇"Great Fury"(Squire) ◇「大なる怒り」(ハル) ◇「大いなる怒り」(健部) ◇「大怒」(小辻) | ◇"little fury"(Joyce) ◇"Little Fury"(Squire) ◇「小なる怒り」(ハル) ◇「小さな怒り」(健部) ◇「小怒」(小辻) |
◇"Yellow Shaft"(Squire) ◇「黄金の柄」(ハル) ◇「黄の柄」(健部) | ||||
系統 | フィン物語群 | |||
主な出典 | ◇『ディアルミドとグラーネの追跡』 (Tóraibh Dhiarmada agus Ghráinne)
フィン物語群の一つ。年老いたフィン・マク・クウィルの若き妻グラーネの、美男で有名な若武者ディアルミド・ウア・ドゥヴネに対する悲恋を描く。初期アイルランド文学の様々な作品に引喩や参照があるため、9-10世紀にはすでに広まっていたと考えられるが、現存する最古の稿本は15世紀に成立したもの。アイルランドとスコットランドでは、近年まで様々な形の口伝が残っていたという。(マイヤー)/アイルランドの音楽教育家で、古代ケルト文化研究者としても名高いP・W・ジョイス(Patrick Weston Joyce, 1827-1914)は、『ケルトのロマンス』(Old Celtic Romances, 1879)の中で、"The Pursuit of Dermat and Grania"と題してこの物語を英訳・再話している。ジョイスは同書の序文で、前世紀以前の写本を見たことがないと述べているので、比較的最近の写本に拠ったものと考えられる。また、後代の付加とみられるディアルミド死後の逸話を省略するなど、幾つかの点に手を加えたという。(Joyce) | |||
参考文献 |
◇青木義明(エレノア・ハル著)「翻訳 概説 アイルランド古代神話伝説文学(1)」 『法経論集』No.53, 1984.3 ◇健部伸明と怪兵隊 『虚空の神々』 新紀元社, 1990.5 ◇小辻梅子訳編 『ケルト幻想民話集』 社会思想社, 1993.8 (略号:小辻a) ◇小辻梅子訳編 『ケルト魔法民話集』 社会思想社, 1995.6 (略号:小辻b) ◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修, 平島直一郎訳)『ケルト事典』 創元社, 2001.9 ◇P.W.Joyce, Old Celtic Romances, Gill and Mamillan Ltd, 1978(Third Edition 初版1907) ◇Charles Squire, Celtic Myth & Legend Poetry & Romance, The Gresham Publishing Company, ? ◇James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998 |
小辻梅子訳編の『ケルト幻想民話集』(1993)によれば、ダーマット・オディナ(ディアルミド・ウア・ドゥヴネ※1)は、アイルランド大王コーマック・マック・アート(コルマク・マク・アルト)の親衛隊であるフェーナ騎士団(フィアナ※2)の有力な騎士である。フェーナの首領フィンの妹の子で、数々の危難からフィンを救い出している。小辻は「訳者あとがき」で「ダーマットの前生は異界の神の国の英雄で、ダナーン族の偉大な王マナナーン・マック・リールとダグダの息子ブラフのアンガスから愛され、教えを受けた。彼は二本の槍―― 大はガ-ジャルグ(赤槍)、小はガ-ボー(黄槍)―― を所有していた。彼はまた二本の剣―― モラルタ(大怒)とベガルタ(小怒)―― も持っていた。これらはマナナーンとアンガスからもらったものだ」と述べている(p.242)。
これらの武器が実際に登場するのが、『ケルト幻想民話集』(1993)所収の「ダーマットとグラーニアの運命」(『ディアルミドとグラーネの追跡』)である。小辻によれば、その底本はP.W.ジョイス(Patrick Weston Joyce, 1827-1914)の『ケルトのロマンス』(Old Celtic Romances, 1879)所収「ダーマットとグラーニアの追跡」(『ディアルミドとグラーネの追跡』)だという(p.234)。そのあらすじは以下のとおり。
妻を亡くしたフィン・マクール(フィン・マク・クウィル)が、新たに百人の戦士コンの息子アートの息子コーマック(コルマク・マク・アルト)の娘、グラーニア(グラーネ)を妻に迎えようとする。しかし、老齢のフィンとの結婚を嫌がったグラーニアは、婚礼の宴でフィンたちに薬を盛って眠らせ、ダーマットに自分を連れて逃げるように頼む。ダーマットは拒むが、グラーニアはギーサ(ゲシュ)の誓約※3によって、自分を妻にするように強要する。ダーマットは仕方なくこれに従い、フィンからの逃亡生活が始まる。物語中、本項の武器が登場するのは次のような箇所である。
こう言うと、かぶとと上着とよろいを脱ぎすて、たくましい肩にはシャツだけの姿になった。マナナーン・マック・リールから貰った槍ガ-ボーを手にすると、先を上にしてしっかりと地面につきさした。そして少し後ろに下がってから、槍にむかって走りながら、鳥のように地面から飛び上がると、槍先にふわっと止まった。そして再び飛び降りて、かすり傷ひとつ負わず地面に立った。
(p.175:自分の素性を隠して敵の前にあらわれ、武芸を披露。敵兵にも真似させて自滅させる)
彼は棒をしっかりと地面に立てると、ブラフのアンガスからもらった長剣モラルタを、刃を上にして柄のほうを一本の木の股に、剣先をもう一本の木の股に、つるでしっかりと結びつけた。そして、一跳びで飛び上がると、刃の上にそっと止まった。柄から剣先まで、先から柄まで、巧みに三回歩いた。そしてかすり傷ひとつ負わずかるがると地面に飛び降りた。それから見知らぬ勇士にその技をやってみよと言った。(p.176-177:同上)
あくる朝、ダーマットは夜明けとともに起きて、こんどは闘いの身支度をした。重いよろいを着けた―― それを着けた者は横からも上からも下からも傷を負うことがなかった。ブラフのアンガスからもらったモラルタを左腰に帯び―― 一太刀ですべてを倒す剣だ。把手の厚い二本の槍ガ-デルグとガ-ボーをとった―― これで傷ついた者は回復することがない。
(p.177-178:フィンの放った追手と戦うために準備する)
そしてモラルタを鞘から抜き払うと、前に躍り出て、迫り来る敵に向かって行き、先頭の者を一刀両断に切り捨てた。
(p.179:フィンの放った追手と戦う)
それでダーマットが言った―― 「この犬にはガ-ジャルグを使ってみよう。ブラフのアンガスからもらったこの槍にはどんな魔法もきかない。それに、聞くところによると、どんな魔法を使っても動物の喉だけは無傷というわけにはいかないそうだ」
モダンとグラーニアが立って見ている間に、ダーマットが槍の絹の紐に指を入れて投げると、槍先が犬の喉に落ちて、犬の内臓があたりに散らばった。(p.184-185:同上)
それから細長い指をガ-ジャルグの絹の紐に入れると、先頭の緑のマントの騎士に向かって槍を投げ、殺した。今度はガ-ボーを投げて二人目の戦士を倒した。そしてモラルタを抜き、三人目に跳びかかって、首をはねた。(p.185:同上)
ついに、魔女を殺さなければ、死をまぬがれないとみてとると、彼はガ-ジャルグをつかみ、体をそらして、その槍を挽き臼めがけて投げた。槍は穴を通って、魔女に突きささった。魔女はダーマットの足元に落ちて死んだ。(p.209:同上)
グラーニアは同意したが、なぜか不安だったので、言った。「マナナーン・マック・リールの剣モラルタとアンガスの槍ガ-ジャルグを持って行ってください。危ない目にあうかも知れません」
だが、ダーマットはかるく考え、運命的に悪い選択をして、答えた。「こんなささいなことが危ないということはないだろう。ベガルタとガ-ボーを持って行こう。犬のマック-アン-ホルにも鎖をつけて行こう」
(p.214:フィンとの和解後、犬の吠え声に目が覚め、外の様子を見に行こうとするダーマットに)
するとダーマットはわれとわが身に言った。「妻の忠告に従わなかった者に災いあれ! 今朝グラーニアはモラルタとガ-ジャルグを持っていけと言ったではないか。それなのにぼくは彼女の忠告を無視して、ベガルタとガ-ボーを持ってきた」
それから、白い指をガ-ボーの紐に入れると、注意深くねらいさだめて、猪の眉間に投げた。だが、無駄だった。槍は傷もつけず地に落ちた。猪はかすり傷ひとつ負わず、剛毛一本、乱れなかった。
これを見たダーマットは、ほんとうは恐れを知らない男なのだが、すこし勇気がくじけた。そこでベガルタの鞘を払うと、腕の力をふりしぼって、猪の首を打った。しかしこんどもうまくいかなかった。刀は粉々に飛び散り、柄が手に残っただけだったが、猪は剛毛一本も傷つかなかった。
いまや無防備の彼にむかって、猪が突進してきた。怒り狂ってまっしぐらに襲いかかり、彼を地面に押し倒した。そして向きなおると牙で英雄の脇腹を切り裂き、ものすごい深手を負わせた。ふたたび向きを変えて、新たな攻撃をしようとしたとき、ダーマットが猪めがけて刀の柄を投げると、頭蓋骨を突き抜け、脳まで刺さり、猪は即死した。
(p.221-222:ベン・グルバンの野猪との闘い)
※1 : 以下、小辻訳(1993)やその他の著作のカナ表記とベルンハルト・マイヤーの『ケルト事典』(1994原著/2001訳)の表記が異なる場合に、『ケルト事典』の表記を括弧内に示す。ただし、引用文に関してはその限りでない。
※2 : フィアナの性格に関しては、「マック・ア・ルイン」の項、註2を参照のこと。
※3 : 小辻(1993)によれば、聖誓・呪文・禁止命令の意で、自発的に誓う場合もあるし、他人から課せられる場合もある。誓約を破ることは一生涯不名誉の烙印を押されるに等しく、自分の命や親友の命を失うことになっても、それを破るものはいなかったという(p.156)。
上記引用文のうちp.178では、二本の槍の名が「ガ・デルグ」と「ガ・ボー」になっているが、この「ガ・デルグ」は「ガ・ジャルグ」と同一の槍と見て間違いないだろう。底本である P.W.Joyce, Old Celtic Romances, 1978(Third Edition 初版1907)の"The Pursuit of Dermat and Grania"を参照すると、「ガ・デルグ」(p.178)も「ガ・ジャルグ」(p.184, 185)も、綴りは"Ga-derg"となっている(p.304, p.310, p.311)。さらに巻末の"LIST OF PROPER NAME"を参照すると、"Ga-derg, Ga-dearg, red javelin."とあり、より原語に近い表記は"Ga-dearg"であること、それが「赤い投げ槍」を意味することが分かる(p.472)。なお、本ページ表題のローマ字表記はこのリストによっている。
一方、James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, 1998 にも、"Gáe Derg, Dearg"という項目があり、両者を同一視していることが分かる。ここでも、"[red spear]."と、その意味を示した上で、この槍を以下のように説明している。
Greater spear of Diarmait Ua Duibne, used against a witch-woman who threw darts at him from the sky. Diarmait also had Gáe Derg with him in his fatal boar-hunt with Fionn mac Cumhaill.(p.217)
試みに訳すなら、「ディアルミド・ウア・ドゥヴネの大きい方の槍で、空から彼に向かってダーツを投げつけた魔女に対して用いられた。ディアルミドはまた、フィン・マク・クウィルとの彼の運命の雄猪狩りでも、このガ・ジャルグを持っていた」といったところだろうか(自信なし)。この記述、前半は先の小辻(1993)の引用、p.209の箇所と一致するが、後半には相違がある。小辻(1993)の語る物語では、猪狩りにガ・ジャルグは持っていっていないからである。
さらに、同書には"Gáe Buide, Buidhe, Boi"と"Móralltach"の項目もあるので、これも紹介しておきたい。"Gáe Buide, Buidhe, Boi"には、初めに"[yellow spear]."との記述がある。この名は「黄色い槍」を意味するわけである。一方の"Móralltach"の方には、"[Ir., great fury]"とあり、「大いなる怒り」の意であることが分かる。続けて二つの武器は次のように説明されている。
Smaller spear of Diarmait Ua Duibne that once belonged to Manannán mac Lir.(p.217)
Great sword of Diarmait Ua Duibne, sometimes attributed to Angus Óg or Manannán mac Lir.(p.296)
「ディアルミド・ウア・ドゥヴネの小さい方の槍で、かつてはマナナーン・マク・リルが持っていたもの」、「ディアルミド・ウア・ドゥヴネの大剣で、時にオイングス・オーグやマナナーン・マク・リルの持ち物とされる」といった意味だろう。不思議なのは、同書にベガルタに関する記述の見当たらないことだが、私が見落としているのだろうか?
ディアルミドの武器の名を挙げている文献は少ないが、他にまったくないわけではない。小辻梅子訳編の『ケルト魔法民話集』(1995)所収の「ギーラ・ダッカーと彼の馬の追跡」は、「ダーマットとグラーニアの追跡」同様、P.W.ジョイスの『ケルトのロマンス』(Old Celtic Romances)所収の物語を翻訳したものだが、ここにも二本の槍の名が登場する。
そう言ってダーマットは立ち上がり鎧を身に着け、きらきら輝く兜をかぶった。左腰には剣を下げ、長い必殺の槍を二本、すなわちクランボとガ=ジャルグを両手に一本ずつ持った。(p.165)
「ガ=ジャルグ」は既出だが、「クランボ」という名称は先の物語には登場しなかった。ガ・ボーと同一の槍だろうか? 底本の P.W.Joyce, Old Celtic Romances, 1978(Third Edition 初版1907)所収"The Pursuit of the Gilla Dacker and his House"を参照すると、当該箇所には"the Crann-boi and the Ga-derg"とあった(p.246)。これに関して、Joyce(1978/1907初版)の小辻(1993)p.175(ガ・ボー初出)に該当する箇所には、次のような註が付されている。
Dermat had two spears, the great one called the Ga-derg or Crann-derg (red javelin), and the small one called Ga-boi or Crann-boi (yellow javelin): he had also two swords: the Morallta (great fury), and the Begallta (little fury). These spears and swords he carried the great spear and sword in affairs of life and death; and the smaller in adventures of less danger.(p.302)
ここでは、"Ga-boi"と"Crann-boi"が同一の槍として扱われており、いずれの意味も"yellow javelin"であるように読める。しかし、この綴りの相違は、"Ga-derg"と"Ga-dearg"のような単なる表記の差とも思えない。健部伸明と怪兵隊の『虚空の神々』(1990)は、英雄フィン・マックール(フィン・マク・クウィル)の部下ディアルウァド(ディアルミド)に貸し与えられたマナナーンの武器として、二本の投げ槍「黄の柄」「赤き投げ槍」、二本の魔剣「小さな怒り」「大いなる怒り」を挙げている(p.155)。また、青木義明の「翻訳 概説 アイルランド古代神話伝説文学(1)」 (エレノア・ハル著, 『法経論集』53, 1984)は、マナナーンの武器として、「黄金の柄」「紅き投げ槍」「大なる怒り」「小なる怒り」の四つを挙げる※4。さらに、健部(1990)が参考文献に挙げている Charles Squire, Celtic Myth & Legend Poetry & Romance(出版年不詳)には、マナナーン・マク・リル(Manannán mac Lir)に関して次のような記述がある。
He had many famous weapons―two spears called "Yellow Shaft" and "Red Javelin", a sword called "The Retaliator", witch never failed to slay, as well as two others known as the "Great Fury" and the "Little Fury".(p.60)
ここに登場する"The Retaliator"は、「フラガラッハ」のことだと思われるが、ここで注目したいのは槍の名前としてあがっている"Yellow Shaft"の方である。これは、健部(1990)の「黄の柄」、青木(1984)の「黄金の柄」と同じものだろう。そして、この「黄の柄(Yellow Shaft)」のみが、小辻(1993)の挙げる名前、すなわち「黄槍=ガ・ボー(Ga-boi)」と微妙に相違する。そのため、単純に考えれば「黄の柄=クランボ(Crann-boi)」との推定が成り立つ。
そこで、試みに前田真利子, 醍醐文子編著『アイルランド・ゲール語辞典』(大学書林, 2003.11)を開いてみると、"crann"には、「木 ; 柱 ; 柄 ; 軸 ; くじ」といった意味のあることが分かる。また、「黄色」を意味するのは、"buí"で、ジョイスはこれを"boi"と表記したものと考えられる。「クランボ」はやはり、健部(1990)などに言及のある「黄の柄」なのである。一方、James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, 1998 にも、"Crann Buí, Buidhe"という項目があり、そこには次のような記述がある。
[Ir. yellow tree]. The yellow-hafted spear, one of three spears of the hero Diarmait.(p.98)
MacKillop(1998)は、"crann"を"tree"の意にとっているようだが、問題は、"...one of three spears of the hero Diarmait."という記述の方である。ここから、MacKillop(1998)は、クランボをガ・ボーとは別の三本目の槍と見ていることが分かる。ベガルタが載らないことも合わせて考えると、同書は本ページが主として参照しているジョイスの『ケルトのロマンス』とは別の文献に拠っている可能性が高い。その文献では、クランボとガ・ボーが別個の槍として登場しているのかもしれないが、現状では一応、同一の槍と見ておきたい。
※4 : 青木訳(1984)は、「黄金の柄」と「紅き投げ槍」を「マナナーンの持つ槍」、「大なる怒り」と「小なる怒り」をその「腰の槍」としているが(p.52)、これは「腰の剣」の誤植ではないだろうか?
ここでは、先の引用箇所より、四本の武器の特殊能力について考えてみよう。もっとも分かりやすいのは、ガ・ジャルグである。「どんな魔法もきか」ず、「どんな魔法を使っても動物の喉だけは無傷というわけにはいかない」。次にモラルタ。「一太刀ですべてを倒す剣」だという。微妙なのは、ガ・ボーである。「これで傷ついた者は回復することがない」というのは、ガ・ジャルグとガ・ボーのいずれにも当てはまることなのだろうか? この文章だけではよく分からない。そして、ベガルタについては特定の記述がなく、その能力については不明だと言わざるを得ない。
小辻(1993)の語る物語を読む限り、この武器群のポイントは、ベン・グルバンの野猪との闘いにあると思われる。グラーニア(グラーネ)が、ガ・ジャルグとモラルタを持って行くように言ったにもかかわらず、ダーマット(ディアルミド)はガ・ボーとベガルタしか持って行かなかった。そのために、致命傷を負うことになるのである。ここから分かるのは、ガ・ジャルグとモラルタの方が、ガ・ボーとベガルタよりも、その性能において優れているということだ。ガ・ボーは野猪に傷一つ与えられず、ベガルタの刃は粉々に砕けてしまう。「どんな魔法を使っても動物の喉だけは無傷というわけにはいかない」ガ・ジャルグと、「一太刀ですべてを倒す」モラルタがあれば、野猪に深手を負わされることなどなかったはず。この事実が、物語の悲劇性を一層高めているのである。
ただし、すでに指摘した通り、MacKillop(1998)によれば、ディアルミドはこの猪狩りにガ・ジャルグを用いている。この齟齬は異なった写本・伝承にもとづくためなのだろうか。もしかしたら、小辻(1993)に見える武器の性能の差は、その底本を書いたP.W.ジョイスが悲劇性を高めるために行った一種の脚色なのかもしれない。
次に、各々の武器が誰からディアルミドに贈られたものか、という問題を考えてみよう。前述の通り、Squire(?)、青木(1984)、健部(1990)はすべてマナナーンのものであったとするが、小辻(1993)p.214のグラーニア(グラーネ)の台詞によれば、モラルタはマナナーンから、ガ・ジャルグはアンガス(オイングス)から貰ったものだという。また、ガ・ジャルグについては、それより前の箇所で、ダーマット(ディアルミド)自身も「ブラフのアンガスからもらった」(p.184)と述べている。しかし、モラルタについても「ブラフのアンガスからもらった」と述べている箇所があるのだ(p.176, 178)。どちらが正しいのだろう? また、ガ・ボーは「マナナーン・マック・リールから貰った」(p.175)そうだが、ベガルタについては記述がない。
一方、MacKillop(1998)によれば、これも先に引用した通り、ガ・ボーはかつてマナナーンのものだったといい(p.217)、モラルタは時にオイングスやマナナーンの持ち物とされるという(p.296)。これは小辻(1993)の物語中の設定と(モラルタの持ち主が一人に固定されないことを含めて)よく一致している。なお、冒頭に述べたように、小辻(1993)は「訳者あとがき」において四本の武器をまとめて「マナナーンとアンガスからもらったもの」(p.242)としているので、これに従えば記述のないベガルタもどちらかから貰ったものだということになる。
最後に、各武器の特殊能力と贈り主を簡単な一覧表にしておく。表中、「小辻1」には小辻(1993)の「訳者あとがき」の記述を、「小辻2」には物語中の設定を示す。
武器名 | 小辻1 | 小辻2 | MacKillop | Squire 青木・健部 | 特殊能力 |
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ガ・ジャルグ | マナナーン or オイングス | オイングス | 記述なし | マナナーン | 「どんな魔法もきか」ず、「どんな魔法を使っても動物の喉だけは無傷というわけにはいかない」//「これで傷ついた者は回復することがない」? |
ガ・ボー | マナナーン or オイングス | マナナーン | マナナーン | マナナーン | 「これで傷ついた者は回復することがない」? |
モラルタ | マナナーン or オイングス | マナナーン or オイングス | マナナーン or オイングス | マナナーン | 「一太刀ですべてを倒す」 |
ベガルタ | マナナーン or オイングス | 記述なし | 記述なし | マナナーン | 記述なし(柄でイノシシが倒せる??) |
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