分類 | 名剣 |
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表記 | ◇マック-ア-ルイーン(小辻訳), ◇マック=ア=ルイン(山本訳 II ) ◇Mac-a-Luin(Jacobs), ◇Mac an Luin(O'Curry), ◇Mac an Lùin(Ellis) |
語意・語源 | ◇"Son of the Spear"(Ellis) |
系統 | フィン物語群 |
主な出典 | ◇「フィン、巨人国へ行く」 (How Fin went to the Kingdom of the Big Men)
ケルトの民話。フィアナに挑戦するため、巨人国から不思議な力を持った三人の男がやってくる。フィアナの首領フィン・マク・クウィルは彼らの目的を知るために巨人国へ向かう。オーストラリア生まれの民俗学者で歴史学者のジョーゼフ・ジェイコブズ(Joseph Jacobs, 1854-1916)が編んだ『続ケルト妖精物語(More Celtic Fairy Tales)』(1894)所収。なお、ジェイコブズ自身による「序文」によれば、同書所収の民話は原話そのままではなく、子ども向けに改変・翻案されているという。 |
参考文献 | ◇小辻梅子訳編 『ケルト幻想民話集』 社会思想社, 1993.8 ◇ジョーゼフ・ジェイコブズ編著(山本史郎訳)『ケルト妖精物語 I 』 原書房, 1999.9 ◇ジョーゼフ・ジェイコブズ編著(山本史郎, 山本泰子訳)『ケルト妖精物語 II 』 原書房, 1999.10 ◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修, 平島直一郎訳)『ケルト事典』 創元社, 2001.9 ◇ジャン・マルカル(金光仁三郎, 渡邉浩司訳)『ケルト文化事典』 大修館書店, 2002.7 ◇Eugene O'Curry, The Fate of the Children of Tuireann, Atlantis Vol. IV?, 1863? ◇Joseph Jacobs, More Celtic Fairy Tales, David Nutt, 1894 ◇Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, ABC-CLIO, 1992 |
小辻梅子訳編『ケルト幻想民話集』(1993)に収録された民話「フィン、巨人国へ行く」には、主人公フィン・マクール(フィン・マク・クウィル※1)の愛剣として「マック-ア-ルイーン」という名の剣が登場する。フィン・マク・クウィルは、コルマク・マク・アルト王の時代に存在したとされる戦士集団フィアナ※2の首領である。マルカルの『ケルト文化事典』(2002)によれば、フィンの父クワルは、フィアナに所属するオ・バシュクネという親族集団の長だったが、クヌーハの戦いでモルナ一族に殺されてしまう。その後、女戦士たちに育てられたフィンは父親の仇を取り、フィアナを再編してその統括者になったという(p.62, 119)※3。民話の訳出元は、ジョーゼフ・ジェイコブズ(Joseph Jacobs, 1854-1916)の『続ケルト妖精物語(More Celtic Fairy Tales)』(1894)。あらすじは次の通りである。
アイルランドのフィンのもとに、巨人国から不思議な力を持った三人の男が訪れる。彼らはフェーナ騎士団(フィアナ)との戦いを求めている。フィンは自分がフィンであることを明かさずに彼らを足止めし、彼らが訪れた理由を探るため、犬のブランとともに巨人国に赴く。すぐに巨人国の王のお気に入りとなったフィンは、王の代わりに王が毎晩寝ずに戦っていた、海から来る巨大な化物(大男)に会いに行く。一日目の晩、二日目の晩は化物を言いくるめて海に引き上げさせるが、三日目の晩にとうとう戦いになる。
ブランは毒の爪を持っていた。犬は大男に跳びかかってその毒爪で胸骨を攻撃し、心臓と肺を取り出した。フィンは愛剣マック-ア-ルイーンを抜いて首をはね、それを麻縄にかけ、王の宮殿に持ち帰った。(p.15)
愛剣の名が登場するのはこの箇所のみである。なお、ジェイコブズの『ケルト妖精物語』(1891)、『続ケルト妖精物語』(1894)は、原書房から『ケルト妖精物語 I 』(1999)、『ケルト妖精物語 II 』(1999)として完訳が出ており、当然ながらこの民話も収録されているので(山本史郎訳で題名は「大男の国に行ったフィン」)、念のため、この『ケルト妖精物語 II 』から、先に引用した箇所と同じ部分を引用しておこう。
ブランの一つの足の裏は、特殊な武器となっていました。すなわちそこから毒が分泌されるのです。ブランは、ぴょんと跳ねて、大男の肋骨の上をこの足でけりました。すると大男の心臓と両肺が飛び出してしまいました。そこでフィンは名剣マック=ア=ルインを抜き払い、男の首を切り取って、それを絞首索につるすと、それをもって王宮に帰りました。 (p.247)
物語はまだまだ続くのだが、すでに述べたように、これ以降、剣に関する記述はあらわれない。アイルランドを訪れた三人組は何者だったのか? 民話の結末は、各自で本を読み確かめていただきたい。
※1 : 以下、小辻訳(1993)のカナ表記とマイヤーの『ケルト事典』(2001)の表記が異なる場合に、『ケルト事典』の表記を括弧内に示す。
※2 : 「フィアナ」に対する形容には、文献によって幅がある。マルカルの『ケルト文化事典』(2002)は、「フィアナ騎士団」と呼び、「アイルランドの歴代の王たちから税の取り立てと治安の維持も任されて」いる「きわめて神秘的な戦士軍団」であるとする(p.116)。一方、マイヤーの『ケルト事典』(2001)は騎士団とは呼ばず、「精悍無比の武者集団」「フィン・マク・クウィルの従者たち」と呼び、「戦時には彼らの主コルマク・マク・アルト王の側に立ち参戦した」という(p.182, 185)。また、小辻(1993)は「フェーナ騎士団」と呼び、「アイルランド大王コーマック・マック・アートの親衛隊」であるとしている(p.235)。
フィンとフィアナがアイルランド王とどのような関係にあったのか、私にはよく分からない。また、フィアナが「騎士団」なのか否か、という問題は、「騎士とは何か」という問題と絡んで手に負えないので、ここでは単に「戦士集団」と呼ぶにとどめている。
※3 : 出典は不明だが、小辻訳(1993)の「訳者あとがき」にフィンの生い立ちが詳しく載っているので、これを紹介しておく。フィンの母は神族と妖精の血をひく女性であったというが、フィンの父の死後に再婚。フィンは二人のドルイドの女性に育てられる。成長したフィンは、かつての父の家来で盗賊となった男に武芸を習ったり、旅の吟遊詩人の一団に加わったりした。その後、「知恵の鮭」を食べて全知予見の才能を授かり、地下の魔界からやってきた魔王の孫を退治することによって、父と同じフェーナ団の首領の座についたという。
個人的な印象としては、フィン物語群の中でのフィンの位置づけは、アーサー王伝説におけるアーサー王に近い。彼自身が活躍する話もあれば、フィアナの中の別の戦士が主人公になる場合もある。そして、有名な『ディアルミドとグラーネの追跡』(「ガ・ジャルグ他」の項参照)に至っては、フィンは主人公ディアルミドの敵役(明らかに悪役)を演じることになる。ラストを含め、この物語におけるフィンは、トゥレン三兄弟の物語(「"屠殺者"」の項に若干の説明あり)におけるルグに似ている。しかし、フィンの方が圧倒的に悪役度が高い(ような気がする)。ルグが父殺しを恨んで三兄弟に報復するのに対し、フィンは色恋沙汰でディアルミドと対立するからだ。
小辻訳(1993)、山本訳(1999)はいずれも研究書の類ではないので、綴りが載っていない。そこで、原文にあたってみた。某所に所蔵してあった Joseph Jacobs, More Celtic Fairy Tales, David Nutt, 1894 のコピー本から、上に挙げた箇所と同じ部分を引用してみよう。
Bran had a venomous shoe; and he leaped and struck the Huge Man with the venomos shoe on the breast-bone, and took the heart and lungs out of him. Fin drew his sword, Mac-a-Luin, cut off his head, put it on a hempen rope, and went with it to the Palace of the King.(p.199)
いずれの訳も"venomous shoe"の訳出に苦労しているようだが、それはともかく、原文の綴りは、"Mac-a-Luin"だった。このハイフンを、小辻訳(1993)ではそのまま残して「マック-ア-ルイーン」と表記し、山本訳(1999)では"="に置き換えて「マック=ア=ルイン」にしたものと考えられる。山本訳(1999)の変更は、日本語カナ表記におけるハイフン("-")と長音("ー")の紛らわしさが原因だろうか。原則的には本ページもこれに従うべきところなのだが、他の武器との兼ね合いもあって「マック・ア・ルイン」と表記している。
ちなみに、フィンの登場する伝説・民話の中で、フィンの所持している剣の名前を挙げている物語を、私はこの「フィン、巨人国へ行く」以外に知らない。そこで、この剣の名がジェイコブズの創作である可能性について、一応検討しておこう。ジェイコブズはその序文で「表現が子供に読ませるにはあまりに複雑だと思われる部分は単純にかみくだいた。また別に似た話があって、そこに描かれている出来事が物語の面白みを増すと思われる場合には、ためらうことなくそれを入れ込んだ」と述べているので、この物語も、採集された民話そのものではなく、語りなおした再話である可能性が高い。
しかし、この剣の名前は他の文献にも見えるため、何らかの典拠があったものとみられる。例えば、Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, ABC-CLIO, 1992 には、"Mac an Lùin"という項目があり、次のような説明が付されている。
"Son of the Spear," the sword of Fionn Mac Cumhail. (p.150)
すなわち、その語意は「槍の息子」であり、フィン・マク・クウィルの剣であるという。その出典は不明だが、フィンの剣の名を「マック・ア・ルイン」とするのは、ジェイコブズだけではないのである。ところが、Eugene O'Curry, The Fate of the Children of Tuireann, Atlantis Vol. IV, 1863 の脚注147 The Freagarthach には、以下のような記述があるので、一筋縄ではいかない。
And in the Ossianic poem of the chase, as well as elsewhere, we find Finn Mac Cumhaill's favourite spear called Mac an Luin.(p.164)
まず、この文章が書かれたのは『続ケルト妖精物語』の出版(1894)以前なので、「マック・ア・ルイン」がジェイコブズのまったくの創作である可能性は消える。しかし、ここで"Mac an Luin"は、フィンの愛槍("favourite spear")とされているのである。剣ではないのだ。Peter Berresford Ellis(1992)が指摘しているように、「マック・ア・ルイン」が「槍の息子」を意味する言葉だとすると、これは興味深い記述である。「マック・ア・ルイン」は元は槍だったのだろうか。要継続調査。
ケルトの民話は期待を裏切る。たくさんのケルト民話を読んでいると、だんだん筋が読めるようになる。詳細な描写などない素朴な話が多いし、類話も少なくないからだ。しかし、だからこそ期待を裏切られた時の驚きが大きい。素朴なハッピーエンドとカタルシスを期待していると、実も蓋もないバッドエンドだったり、単調な語りから平凡なエンディングを予想していると、一息に劇的なハッピーエンドへと展開したり。近代小説では「そんなに物事が都合良く行くか!」などと思うところでも、民話なら気分良く許せてしまうところがポイントである。
小辻梅子編『ケルト幻想民話集』所収の「コナル・イエロウクロウがした怖い話」は、まさに「単調な語りから平凡なエンディングを予想していると、一息に劇的なハッピーエンドへ」という物語である。出典は、ジョーゼフ・ジェイコブズ(Joseph Jacobs, 1854-1916)が編んだ『ケルト妖精物語』(Celtic Fairy Tales, 1891)。前述したとおり、同書は完訳されているので、同じ物語は山本史郎訳『ケルト妖精物語 I 』でも読める(題名は「コナル・イエロークロウ」)。楽しく読めて後味も良い。オススメである。
ヒット数ゼロ。「マック・ア・ルイン」では、それほど劇的な結果にはならず、約 37 件という検索結果が出たが、どのページにも「マック・ア・ルイン」という単語は存在せず、「マック」と「ア」と「ルイン」がバラバラに存在するのみ。マックはPCのことだったり、人名だったり。ルインも人名だったり、別の単語の一部(ゴー「ルイン」など)だったりした。知名度の低さは明らかである。ただ、試みに次のような単語でググってみると…
「フィン・マックール」の検索結果 約 386 件
「フィン・マクール」の検索結果 約 119 件
「フィン・マックールの剣」の検索結果 10 件
フィン・マックールには言及されていても剣の名前は出てこないということである。「マック・ア・ルーイン」の登場する日本語文献のうち、小辻梅子訳編『ケルト幻想民話集』(1993)はすでに絶版であり、ジョーゼフ・ジェイコブズ編著(山本史郎、山本泰子訳)『ケルト妖精物語2』(1999)も、ケルト神話の本としてはまだそれほどメジャーではないからだろう。今後、もしネット上にフィンの剣として「マック・ア・ルイーン」の名が普及したら、それはうちの功績だと今のうちに言っておきたい(言うだけならタダだし)。
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