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〜アイルランドの神話:出典メモ〜

《第2展示室:おまけキャプション1》

アイルランドの神話は出典が分かりにくい。あんまり分かりにくいので少々整理してみた。参考文献はすぐ下に載せたが、種々の写本に関しては、ベルンハルト・マイヤーの『ケルト事典』(創元社)の記述によっている。なお、それぞれの物語につけられた数字は便宜上のものである。また、単なるメモなので、本サイト内の別ページと矛盾した内容になっている可能性もある。おいおい何とかしていきたい(希望)。

参考文献 ◇尾島庄太郎、鈴木弘『アイルランド文学史』北星堂書店、1977.3
◇井村君江『ケルトの神話』筑摩書房、1990.3(1983.3)
◇健部伸明と怪兵隊『虚空の神々』新紀元社、1990.5
◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修、平島直一郎訳)『ケルト事典』創元社、2001.9
◇ジャン・マルカル(金光仁三郎・渡邉浩司訳)『ケルト文化事典』大修館書店、2002.7


1.分類

アイルランドの古典叙事文学は、通常その内容から三つに分類される。ここではそれを「トゥアハ・デ・ダナン神話群」、「アルスター伝説群」、「フィアナ伝説群」と呼ぶことにする。

◆トゥアハ・デ・ダナン神話

アイルランド最古の神話群で、単に神話物語群とも呼ばれる。トゥアハ・デ・ダナン(女神ダナンの一族)と呼ばれるアイルランドの神々を中心とした物語群。トゥアハ・デ・ダナンは、アイルランドに次々に入島した五つの種族のうちの一つで、先住のフィルボルグ、周辺に住む魔族フォウォレを駆逐するが、後からやってきたミレー一族(現在のアイルランド人)に追われて地下や海の彼方に逃れる。彼らには寿命がないらしく、のちのアルスター伝説群、フィアナ伝説群にも顔を出す。

  1. 『アイルランド来寇の書』(Lebor Gabála Érenn
      11世紀に創作された虚構のアイルランド史書。1100年頃に成立した二つの異なる稿本が伝わる。キリスト教以前のアイルランドの歴史と聖書の記述を結び付けようとしたもの。『侵略の書』、『レボル・ガバーラ』とも表記される。

  2. 『トゥアン・マク・カリルの話』(Scél Tuain meic Chairill
      『赤牛の書』、14-16世紀に成立した三つの写本に残る。

  3. 『マグ・トゥレド(モイトゥラ)の戦い』(Cath Maige Tuired
      トゥアハ・デ・ダナン神話群の中で最も重要な物語。多数の稿本があったと思われるが、二つしか残っていない。中世アイルランド語の古い稿本は、おそらく11世紀に書き留められ、16世紀の写本に残されている。後代の稿本は、初期近代アイルランド語時代に現存する形が成立、1650年頃の写本が残る。

  4. 『トゥレンの息子たちの最期』(Aided Chlainne Tuirenn
      18世紀の多くの写本に初期近代アイスランド語で残る。

  5. 『エーダインへの求婚』(Tochmarc Étaíne

◆アルスター伝説群

赤枝の戦士団伝説群とも呼ばれる。紀元前1世紀から紀元後1世紀にかけて栄えたアルスター(現在の北アイルランドのあたり)の王コンホヴァル・マク・ネサ(コノール・マックネッサ)と、彼に仕える赤枝の戦士団(レッド・ブランチ・チャンピオン)の物語である。赤枝の戦士には、光の神ルーの息子で、半神半人の英雄クー・フリンが含まれる。主な舞台は当然ながらアルスターだが、敵対するコナハトの王アリルや女王メイヴもしばしば登場する。

  1. 『ウラドの人々の衰弱』(Noínden Ulad)or『ウラドの人々の病』(Ces Ulad
      『レンスターの書』、『レカンの黄書』などに三つの稿本が残る。

  2. 『コンホヴァルの誕生』(Compert Chonchobuir
      最も古い稿本が『レカンの黄書』、『バリーモートの書』に残る。

  3. 『クー・フリンの誕生』(Compert Chon Culainn
      内容の異なる稿本が二種あり、『赤牛の書』や後代の写本の多くに残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。

  4. 『ウシュリウの息子たちの流浪』(Longas mac nUislenn
      最古の稿本はおそらく9世紀に成立。『レンスターの書』、『レカンの黄書』、16世紀初頭の写本の一つに残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。

  5. 『エウィルへの求婚』(Tochmarc Emire
      10世紀に成立した稿本の断片に加え、12世紀に成立した大幅に加筆された稿本が完全な形で残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。主人公クー・フリン。

  6. 『二人の豚飼いの誕生について』(De chophur in da muccida
      内容の異なる二つの稿本が、『レンスターの書』と16世紀写本に残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。二頭の牛の誕生を語る。

  7. 『オイングスの夢想』(Aislinge Oenguso
      15世紀の写本一つのみに伝わる。『クアルンゲの牛捕り』の前話。

  8. 『ネラの異界行』(Echtrae Nerai
      おそらく10-11世紀の成立。『レカンの黄書』と15世紀の写本に残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。ネラのほか、コナハト王アリル、女王メイヴら登場。

  9. 『フロイヒの牛捕り』(Táin Bó Froích
      『レンスターの書』、『レカンの黄書』、15-16世紀成立の二つの写本に残る。『クアルンゲの牛捕り』の前話。現存する物語の構成は互いにほとんど繋がりのない二つの部分からなる。フロイヒのほか、前半部にはコナハト王アリル、女王メイヴ、後半部にはコナル・ケルナハらが登場。

  10. 『クアルンゲの牛捕り』(Táin Bó Cuailnge
      アルスター伝説群中で最も長く、最も重要な物語。最古の稿本(第一稿本)は、『赤牛の書』、『レカンの黄書』、16世紀の二つの写本に残るが、これは出所の異なる更に古い原典を編纂したものなので、記述の重複や矛盾がある。これを整理した第二稿本は、『レンスターの書』、17-18世紀に成立した他の写本に残る。さらに、第二稿本を編集した第三稿本が、15-16世紀に成立した二つの写本に残っている。

  11. 『ブリクリウの饗応』(Fled Bricrenn
      『赤牛の書』、15-16世紀の写本の幾つかに伝えられるが、それぞれ異なる省略・脱落・追加がある。ロイガレ・ブアダハ、コナル・ケルナハ、クー・フリンら登場。

  12. 『クー・フリンの衰弱とエウェルのたった一度の嫉妬』(Serglige Con Cualainn ocus oenét Emire
      『赤牛の書』と15-16世紀に成立した手稿に残る。クー・フリン、妖精フィンら登場。

  13. 『ウラドの武者たちの酩酊』(Mesca Ulad
      終わりの部分が古アイルランド語で『赤牛の書』に、始まりの部分が中期アイルランド語で『レンスターの書』に残る。また、16世紀のスコットランドの手稿にこれをつないだものがある。クー・フリン、コンホヴァル王ら登場。

  14. 『アイフェの一人息子の最後』(Aided Oenfir Aífe
      『レカンの黄書』に最古の稿本が残る。主人公クー・フリン。

  15. 『クー・フリンの最期』(Aided Chon Culainn
      古い稿本が『レンスターの書』に残り、後代の改作は17-19世紀の写本の多くに完全な形で残っている。この後代の稿本は、普通『マグ・ムルテウネの大敗』(Brislech Mór Maige Muirtheimne)と『コナル・ケルナハの血染めの突撃』(Dergruathar Chonaill Chernaig)の二つの部分に分かれる。

  16. 『ケト・マク・マーガハの最期』(Aided Cheit maic Mágach
      16世紀の写本一つのみに伝えられる。コナル・ケルナハ、ベールフーら登場。

  17. 『マク・ダトーの豚の話』(Scéla mucce Meic Dathó
      最古の稿本が『レンスターの書』に残る。コンホヴァル王、コハナト王アリル、コナル・ケルナハら登場。

  18. 『ロイガレ・ブアダハの最期』(Aided Loegairi Buadaig
      16世紀の写本に唯一の稿本が伝わる。詩人アイド、コンホヴァル王ら登場。

  19. 『エーダルの戦い』(Cath Étair
      『レンスターの書』、16世紀の写本の一つに残る。アティルネ、レンスター王メス・ゲクラ、コナル・ケルナハら登場。

  20. 『コンホヴァルの最期』(Aided Chonchobuir
      三つの稿本が五つの写本に伝わる。『レンスターの書』にある最も形を残している稿本は、『エーダルの戦い』の続篇になっている。

  21. 『ケルトハル・マク・ウテヒルの最期』(Aided Cheltchair maic Utechair
      不完全な形で『レンスターの書』と、16世紀の写本に残る。

  22. 『ダ・デルガの館の崩壊』(Togail Bruidne Da Derga
      『レカンの黄書』と1300年頃成立した写本に完全な稿本が残るが、これはおそらく9世紀に成立した二つの異本を11世紀に編集したものである。『赤牛の書』と後代の幾つかの写本に断片が残る。コナレ・モールの死を語る。

  23. 『二賢者の対話』(Immacallam in Bá Thuarad
      800年頃の成立。12-16世紀の11の写本の一部には完全に、一部には断片で残る。

◆フィアナ伝説群

フィン伝説群、オシアン伝説群、レンスター物語群とも呼ばれる。アルスター伝説群よりも2世紀おくれて現れた、フィアナ騎士団の長、英雄フィン・マックールを中心とする物語群。彼が仕えるのは、3世紀初頭にアイルランドを統治したとされるコルマク・マク・アルト王で、物語の主な舞台はレンスター及びマンスター(いずれもアイルランド南部)である。

  1. 『古老たちの語らい』(Acallam na Senórach
      フィアナ伝説群中、最も長い物語。1200年頃のものと、後の13-14世紀に編纂されたものの二つの不完全な稿本が伝わる。半ば散文、半ば韻文で書かれる。

  2. 『フィントラーグ(ヴェントリー)の戦い』(Cath Finntráge
      最古の稿本は15世紀の成立で、当時の羊皮紙写本が残る。また、18-19世紀の写本にも多く残っている。

  3. 『コルマクの冒険』(Echtrae Cormaic
      『レカンの黄書』と『バリモートの書』に残る。主人公はアイルランド王コルマク・マク・アルト。(『ケルト文化事典』より)

  4. 『デァルミドとグラーネの追跡』(Tóraigheacht Dhiarmada agus Ghráinne
      9-10世紀には広まっていた物語。最古の稿本は15世紀の成立。

  5. 『ドゥアナレ・フィン(フィンの歌集)』(Duanaire Finn
      フィアナ伝説群から69篇の詩とバラードを集めたもの。個々の作品は12世紀から17世紀初頭までのもの。1627年の写本が残る。

 ※アイルランドのゲール語:時代区分(尾島&鈴木『アイルランド文学史』より)
  1. 上代語…700-950年
  2. 中世語…950-1350年
  3. 前期近代語…1350-1650年
  4. 後期近世語…1650-現代


2.主な写本

上記の内容を元に、主要な写本とそこに含まれる説話の例を挙げておく。なお、これらの写本群に加えて、近代以降に民話採集家によって採集された口承の民話も「原典」とみなしうるため、ケルト神話の出典はより分かりにくくなっているものと思われる。

◆『赤牛の書』(Lebor na hUidre

現存する最古のアイルランド語の文学全書的写本。1100年頃、クロンマクノイズの修道院で制作された。羊皮紙67葉が現存している。ダブリンのロイヤル・アイリッシュ・アカデミー付属図書館所蔵。

◆『レンスターの書』(Lebor Laignech

膨大なアイルランド語古写本。1160年頃に成立し、現在羊皮紙187葉が残る。アルスター神話群の多くの物語を収録する。トリニティ・コレッジ所蔵。

◆『レカンの黄書』(The Yellow Book of Lecan

一巻にまとめられたアイルランド語の集成写本。主要部分は14世紀の成立。歴史物語、トゥアハ・デ・ダナン神話、アルスター伝説の多くの説話を収録する。ダブリンのトリニティ・コレッジ図書館所蔵。なお、『レカンの書』(The Book of Leacan)は15世紀初頭に成立した別の本である。

◆『バリーモートの書』(The Book of Ballymote

1400年頃、スライゴー近郊のバリーモートで作られたアイルランドの集成写本。アイルランド語詩論の他、伝説・歴史・系譜・法律関係の写本を含む。ダブリンのロイヤル・アイリッシュ・アカデミー所蔵。



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2004/10/31
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