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〜ケルト語文化圏の「本の名前」一覧〜

《第2展示室:おまけキャプション2》

ここで扱う「本の名前」とは、いわゆる書名ではない。それは、特定の写本・集成写本に与えられた、いわば「固有名詞」である。夏目漱石の『こころ』という書名の本が(印刷技術の発達によって)無数に存在するのに対して、『レンスターの書』という名前の本はこの世に一冊しか存在しない。そのため、存在する場所も一箇所に限定される。ケルト語文化圏の神話の本を読んでいると、このような写本の名前と、『侵入の書』や『クアルンゲの牛捕り』といった書名・物語名が同時に登場することがある。私ははじめ両者を混同してしまい、神話の出典についてよく理解できなかった(今も大して理解できていない…)※1。ただし、こんなページを作ったのは、その混乱を整理するためではなく、単純にそれら「本の名前」が何となく格好良いと思ったからである。本を武器にするテレビゲームもあることだし※2、こんなページがあっても悪くはないだろう。
   記述は基本的に、マイヤーの『ケルト事典』(2001)に拠っている。他書の記述を参照した部分には、対応する[ ]記号(参考文献参照)を付した。全体を、ラテン語、アイルランド&スコットランド、ウェールズに分類、概ね年代順に並べたが、私は素人なのであまり信用しないで頂きたい。所蔵者欄の略号についてはページ末尾を参照のこと※3

参考文献 ◇尾島庄太郎, 鈴木弘 『アイルランド文学史』 北星堂書店, 1977.3 [史]
◇マイルズ・ディロン(青木義明訳)『古代アイルランド文学』オセアニア出版社, 1987.10 [古]
◇井村君江 『ケルトの神話』 筑摩書房, 1990.3(1983.3)[井]
◇健部伸明と怪兵隊 『虚空の神々』 新紀元社, 1990.5 [健]
◇マイケル・ジョーダン(松浦俊輔ほか訳)『主題別事典 世界の神話』 青土社, 1996.1 [主]
◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修、平島直一郎訳)『ケルト事典』 創元社, 2001.9
◇ジャン・マルカル(金光仁三郎, 渡邉浩司訳)『ケルト文化事典』 大修館書店, 2002.7 [文]


◆ラテン語(聖書など)
名前所蔵者概要
『ダロウの書』
The Book of Durrow
T.C.D.7世紀後半の装飾豊かな挿絵入り福音書。その作成地は長い間、アイルランドのダロウの修道院だと見なされてきたが、北部イングランドやスコットランド西岸のアイオナ島で成立した可能性を指摘する研究者も多い。
『アーマーの書』
The Book of Armagh
T.C.D.807年に成立したアイルランドの写本。作成地から命名。聖パトリックに関する著作や新約聖書全編の他、スルピキウス・セウェルスによるトゥールの聖マルタン伝も収録。
『ケルズの書』
The Book of Kells
T.C.D.1007年に、この写本に関する最初の言及があるが、それはケルズの教会から盗まれ、まもなく発見された時のもの。成立地は特定されていない。/7世紀もしくは8世紀に成立した四福音書の豪華な彩色古写本[史]。/9世紀頃の成立[井]。
『ディアの書』
The Book of Deer
ケンブリッジ大学図書館9世紀にアイルランドで成立したとされる福音書。その名は、写本がしばらくの間保存されていた北東スコットランドのディアの修道院にちなむ。12世紀の複数の筆写僧によるゲール語の書き込みでとりわけ有名。スコットランド=ゲール語最古の例証。


◆アイルランド&スコットランド
名前所蔵者概要
『キーン・ドロマ・シュネフタ』
Cín Dromma Snechta
現存せず8世紀前半に成立したと推測される、現存しないアイルランド語の写本。多数の物語が収録されていたらしい。別名:『ドルム・シュネフタの冊子』(Lebor Dromma Snechta)
『赤牛の書』
Lebor na hUidre
R.I.A1100年頃、クロンマクノイズの修道院で制作された現存する最古のアイルランド語の文学全書的写本。羊皮紙67葉が現存。内容は主に歴史物語群、神話物語群、アルスター物語群からなる。/赤牛皮に写稿されたことからの命名[史]。別表記:『ダン・カウの書』[古・文]
『レンスターの書』
Lebor Laignech
T.C.D.1160年頃に成立した膨大なアイルランド語古写本。古文書学者E.オカリーにならってこの名で呼ばれる。羊皮紙187葉が現存。『アイルランド来寇の書』や『ディンヘンハス』、『クアルンゲの牛捕り』の他、アルスター物語群の多くの物語を収録。
『マク・イーガン斑書』
Speckled Book of Mac Egan)[古]
R.I.A.14世紀に書かれた二つ折り版写本。[古]
『汚濁の書』
Leabhar Brecc)[古]
14世紀の成立。「アダムナーンの幻想」「マク・コン・グリーニャの幻想」などを収める。[古]
『バリーモートの書』
The Book of Ballymote
R.I.A.1400年頃、アイルランド北西部、スライゴー近郊のバリーモートで作成されたアイルランドの集成写本。内容にはアイルランド語詩論の他、伝説、歴史、系譜、法律に関するものを含む。別表記:『バリモートの書』[史・古・井]
『レカンの黄書』
The Yellow Book of Lecan
T.C.D.14世紀末に主要部分の成立したアイルランド語の集成写本。歴史物語群、神話物語群、アルスター物語群の多くの物語を収録。/1391年頃の編纂[主]。別表記:『リカンの黄書』[史]、『リカン黄書』[史・古・井]、『リカンの黄色本』[主]
『レカンの書』
The Book of Lecan
R.I.A.15世紀初頭の成立。/14世紀の成立[井]。別表記:『リカンの書』[史]//[古]にみえる『リカン大書』(Leabhar Mór Lecain)と同一の本か?
『オケーリの書』
The Book of O'Kellys)[古]
R.I.A.14世紀末〜15世紀初頭の成立。アイルランド西部地方で書かれた大型ベラム紙写本。[古]
『ファーモイの書』
Leabhar Feara Maighe)[古]
R.I.A.15世紀に書かれた二つ折り版写本。「二つの牛乳差しの館の滋養」「コーマックの冒険」「コンの息子アートの冒険」「レーアラの冒険」「クーレイ・ウァ・コーラの航海」などを収める。[古]
『リズモアの書』
The Book of Lismore)[古]
ディヴォンシャー公15世紀の成立した二つ折り版写本。ウォータフォードのリズモア城で発見されたためにその名が付けられた。[古]※4
『リスモール司祭の書』
The Book of the Dean of Lismore
1512〜1526年に、スコットランドの聖職者ジェイムズ・マッグレガーとその兄弟のダンカンによって集成された写本。スコットランド=ゲール語やアイルランド語で作られたバラードやバルドの詩を集成。現存するスコットランド=ゲール語文学最古の作品を収める。別表記:『リズモア司教代理の書』[古]
『クランラナルド紅書』
The Red Book of Clanranald)[古]
ニィアル・モール・マクヴューリヒの詩を収める。[古]


◆ウェールズ
名前所蔵者概要
『アネイリンの書』
The Book of Aneurin)[健]
13世紀中頃の成立[文]。/13世紀の成立[健]。別表記:『アナイリンの書』[健]
『カイルヴァルジンの黒書』
Llyfr Du Caerfyrddin
N.L.W.13世紀後半の成立とされる108ページに及ぶ写本。カイルヴァルジン(カマーゼン Carmarthen)で作成されたと考えられていることからの命名。内容のほとんどは作者不詳の詩。宗教詩と並んで、11〜12世紀のウェールズ王を賛える詩や、伝説的内容の詩も含まれる。別表記:『カマーゼンの黒書』[文]、『カイルマーセンの黒書』[健]
『ヘルゲストの赤書』
Llyfr Coch Hergest
ボドリー図書館
(オクスフォード)
1400年頃の成立と推測されるウェールズ語写本。かつての保管場所にちなんでの命名。「マビノギオン」の11篇の物語の他、外国文学作品のウェールズ語訳、医学書、文法書、格言、12〜14世紀に在位した王の頌歌を含む。/1375-1425年の成立[文]。別表記:『ヘルゲストの赤い本』[文]、『ハーゲストの赤書』[健]
『タリエシンの書』
Llyfr Taliesin
N.L.W.14世紀初頭に成立した不完全な形で残る羊皮紙写本。多くの詩を収録。I.ウィリアムズによれば、収められた詩のうち12篇は、歴史上の詩人タリエシンに由来する。その他、予言詩、宗教的な内容の詩、聖書を扱った詩、アレクサンドロス大王やヘラクレスについての詩、ウェールズ伝説上の人物への哀歌などを収録。
『フラゼルフの白書』
Llyfr Gwyn Rhydderch
N.L.W.14世紀前半、ウェールズ南部で成立したとされる写本。かつての所有者にちなんでの命名。外国の文学作品のウェールズ語訳が多数含まれ、その中には宗教文献が多い。翻訳の底本として、とりわけホノリウスの『世界像』、ニコデムスの外典福音書、偽マタイ聖人伝などが用いられている。その他、いわゆる「マビノギオン」の物語も収録。/1300-1325年に成立[文]。別表記:『レゼルッフの白い本』[文]

◆所蔵者欄の略号
  R.I.A. Royal Irish Academy, Dublin ロイヤル・アイリッシュ・アカデミー付属図書館(ダブリン)
  T.C.D. Trinity College, Dublin トリニティ・コレッジ(ダブリン)
  N.L.W. The National Library of Wales, Aberystwyth ウェールズ国立図書館(アベラストゥイス)

※1 : 例えば、井村君江著『ケルト神話』(1983/1990)の44ページ。『侵略の書』(書名)、『レンスターの書』(写本名)、『バリモートの書』(写本名)の三つ、『クーリーの牛争い』(書名)、『レンスターの書』(写本名)、『リカン黄書』(写本名)の三つがそれぞれ同列に扱われているように見える。よく読めば、それは誤解であり、井村自身が混同しているわけではないのだが、いずれも二重括弧(『』)で表されていることもあって、知識のない者には非常に分かりにくい。

※2 : 例えば、『テイルズ・オブ・ファンタジア』(SFC/PS/GBA・RPG・ナムコ・1995/2000/2003)。ゲームの登場キャラクター、クラースという名の召喚士の装備できる武器は、本のみである。攻撃力の弱い方から名前を羅列すると、ピンナップマグ、ネクロノミコン、イエロウキングス、セラノフラグメン、レイバーイオニス、アクアディンゲン、ガールフラグメン、ミストセブンサン、ミサレクイエム、トゥルーマジック、NG(以上PS版より)。

※3 : "R.I.A."及び"T.C.D."は、R.A.S.マカリスター(R.A.Stewart Macalister)編纂・英訳の Lebor Gabala Erenn, The Book of the Taking of Ireland (「クラウ・ソラス」の項参照)が用いていた略号を踏襲したもの。残る"N.L.W."は、それっぽく略しただけで特に根拠はない。

※4 : マイヤーの『ケルト事典』には『リスモール司祭の書』のみで『リズモアの書』が登場せず、[史]や[井]には『リズモアの書』のみで『リスモール司祭の書』が登場しない。しかし、[古]には、『リズモアの書(The Book of Lismore)』とは別に『リズモア司教代理の書(The Book of the Dean of Limore)』の名がみえるので、両者はおそらく別の本である。



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2006/03/08:初版
2006/04/24:ディロンの『古代アイルランド文学』などにより加筆修正
2009/07/20:頁タイトルを変更
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