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ダーインスレイヴ(Dáinsleif

分類魔剣
表記◇ダーインスレイヴ(谷口1983, 菅原1984), ◇ダインスレイフ(グレンベック)
◇Dáinsleif(菅原1984)
語意・語源◇「ダーイン(おそらくは鍛治工の名前)の遺産」(菅原)
系統北欧神話
主な出典◇スノッリ・ストゥルルソン『エッダ』第二部「詩語法」(Snorri Sturluson, Edda, Skáldskaparmál
中世アイスランドを代表する文人スノッリ・ストゥルルソン(1179-1241)がまとめた詩学入門書『エッダ』(1220年代前半)の第二部。なお、現在知られる同書の構成は序文、第一部「ギュルヴィの惑わし」、第二部「詩語法」、第三部「韻律一覧」である。『エッダ』の本来の目的は、アイスランド人がキリスト教を公的な宗教として採用して後、衰退の運命を負った古来の詩芸の知識、つまり、詩人志願者すべてが会得すべき神話・伝説・語彙・韻律の知識を網羅することだったが、第一部に集中し、第二部で若干の追加がなされる神話をめぐる知識により、現在では北欧神話の重要な資料となっている。
参考文献 ◇グレンベック(山室静訳)『北欧神話と伝説』 新潮社, 1971.12
◇V.G.ネッケルほか編(谷口幸男訳)『エッダ―古代北欧歌謡集』 新潮社, 1973.8
◇菅原邦城 『北欧神話』 東京書籍, 1984.10
◇Truth In Fantasy編集部 『魔法の道具屋』 新紀元社, 1992.11
◇佐藤俊之とF.E.A.R 『聖剣伝説』 新紀元社, 1997.12
◇佐藤俊之とF.E.A.R 『聖剣伝説 II』 新紀元社, 1998.11
◇菅原邦城訳注 「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」 『大阪外国語大学学報』41, 1978.2
◇谷口幸男 「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」 『広島大学文学部紀要』43特輯号3, 1983.12
◇Gertrude Jobes, Dictionary of Mythology Folklore and Symbols, The Scarecrow Press, 1962


◆妖剣ダーインスレイヴ

菅原邦城の『北欧神話』(1984)によれば、北欧の神話、ドヴェルグ(佚儒)の作った武器の一つに「抜けば必ず人の血を吸わずにおかない妖剣ダーインスレイヴ(「詩語法」六十二章)」(p.80)がある。G.Jónsson編 Edda Snorra Sturlusonar Akureyri (1954)を底本とする、谷口幸男の「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」(1983)から、62章を引用してみよう。

 戦は「ヒャドニンガルの嵐」または「にわか雨」といわれ、武器は「ヒャドニンガルの火」または「棒」といわれるが、これについては一つの話がある。
 ホグニという王がヒルドという名の娘をもっていた。彼女をヘジン・ヒャルランダソンという王が捕虜として捕らえた。その頃ホグニ王は王の集会に出かけていて留守だった。彼は祖国が荒らされ、娘が奪い去られたときくと、部下とともにヘジンを追い、彼が海岸沿いに北に向ったときいた。ホグニ王がノルウェーにやってくると、ヘジンが海をこえ西へ向ったときいた。そこでホグニは彼を追って船でオークニーに向い、ハーエイと呼ばれる島にやってくると、そこにヘジンは部下とともにいた。
 そこでヒルドは父に会いにやってきて、ヘジンの代理として首飾りを和解のしるしに差し出したが、続くことばで彼女は、ヘジンが戦闘準備をしており、ホグニは彼から些かの容赦も期待できないだろう、といった。ホグニは娘にそっけない返事をした。ヒルドはヘジンのところに帰ると、ホグニは和解を望んでいない、といい、彼に戦闘準備をするよううながした。こうして双方その準備をして島に行き、部下を戦闘隊形につけた。
 このときヘジンは義父ホグニに呼びかけ、彼に和解と、つぐないに多大の黄金を申し出た。
 するとホグニは答えた。「もし和解を望んでおるなら、この申し出は遅すぎたわい。わしはもう小人たちが作った刀ダーインスレイヴの鞘をはらってしまっているからな。これは鞘をはなれる度に人を殺め、斬ればはずすことなく、少しでも傷を負わせれば、その傷は治ることのない代物なのだ」
 するとヘジンはいった。「あなたはそこで剣のことを自慢しているが、勝利はまた別ものだ。それが主人に忠実な名刀だとはいってやろう」 こうして彼らはヒャズニンガヴィーグという戦をはじめ、一日中戦った。そして夕方になると王たちは船に帰った。しかしヒルドは夜戦場へ行き、戦った。前日倒れた者全員もそうだった。こうして戦は連日おこなわれ、倒れた全員と戦場におき去られたすべての武器、それに楯も石になった。しかし夜が明けると死者は全員起き上って、戦い、すべての武器は役に立つ。こうしてヒャズニンガルは神々の終末を待つことになると歌の中でいわれている。この話にならって詩人ブラギはラグナル・ロズブロークのための頌歌を作ったのだ。(p.74-75)

ただし、菅原の『北欧神話』は、別の箇所(p.270)で上に引用した部分(より正確には「こうして彼らは〜いわれている」に該当する部分)を「詩語法」の五十章としており、章番号に混乱が見られる。


◆「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」

これとほぼ同様の筋で、より詳しい内容を持った物語が、14世紀の集成写本「フラート島本」に含まれる「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ(rla Þáttr eða Heðins saga ok Högna)」である。この物語の概要は、菅原の『北欧神話』(1984)(p.267-269)で読むことが出来るが、ここでは、菅原邦城訳注「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」(1978)から、この物語を要約してみたい。なお、このサガには「ダーインスレイヴ」の名はあらわれない。

供犠神官ニョルズの娘フレイヤは、アースガルズの王オージンの愛人だったが、四人の侏儒(ドヴェルグ)、アールヴリッグ、ドヴァリン、ベルリング、グレールが造った黄金の首飾りを手に入れるために、彼らと一人一晩ずつ、四晩を共にする。これを聞きつけたオージンの部下、ファールバウティの息子〈悪巧みの〉ロキは、王に告げ口をし、オージンはロキに首飾りを手に入れるよう命じる。ロキは夜のうちにハエに姿を変えてフレイヤの館に侵入し、見事首飾りを入手、オージンへ渡す。翌朝、フレイヤがオージンに首飾りを返すように要求すると、オージンは次のような条件を提示する。

「だが、次のことをお前ができれば別だ。それは、それぞれに20人の王が仕える2人の王が不仲になり、王たちが闘って、倒れるのと同時にまた起ちあがって戦闘するという呪いと魔力をかけられて相たたかい、これは、誰かキリスト教徒の者が非常に勇敢になり、そしてその者にその主人のたいへん大きな好運がつき従って、その王たちの戦いに加わってこの連中を武器で殺すだけの勇気をもつ者が現れるまで続くというものだ。(後略)」(p.113)

フレイヤはこれを承知し、首飾りを受け取る。さて、デンマークのハールヴダン王は、非常に見事な軍船を持っていた。しかし、ウップランドの王エルリングの長子〈強者〉ソルリはこの船を見て欲しくなり、ハールヴダン王を倒してこれを奪い取る。その後、ハールヴダン王の二人の息子ホグニとハーコンは、オージンセイの近くでソルリと出会い父の死を聞く。ソルリは和解を求めるが、ホグニはこれを受けず戦になる。この戦でハーコンとエルリングが死に、ソルリはホグニに敗北、二人は和解する。その後、ソルリは東海路でヴィーキングたちのため戦死し、これを聞いたホグニは東海路に掠奪に行く。到る所で勝利を得たホグニはそこの王となり、20人の王が貢ぎ物を納めるまでになる。

一方、セルクランドの王ヒャッランディの息子ヘジンは、各地を掠奪して水軍王(大軍を持つが領土を持たない水上の覇者)となり、20人の王が貢ぎ物を納めるまでになる。ある時、森でゴンドゥルという美しい女に出会ったヘジンは、彼女に自分と並ぶ権勢を誇る王がいるかと尋ねる。彼女はデンマークのホグニの名を挙げる。翌春、ヘジンは遠征の用意をし、一年後にデンマークに到着、ホグニはヘジンを饗宴に招く。翌日、競技場で武芸を競うが、どの才芸でも二人は同等であることが分かり、盟友の誓いを立てる。

その後、ホグニは掠奪に出かけ、ヘジンは残って王国を預かることになる。ある日、ヘジンは森で再びゴンドゥルに出会う。王は彼女に愛情を抱くようになり、彼女のすすめる角杯を飲む。ゴンドゥルはヘジンに、ホグニとの技くらべについて尋ねる。ヘジンはどの才芸でも対等であったと答えるが、ゴンドゥルはヘジンに妃がいないことを挙げて二人は対等ではないと言う。そして、ホグニの妃ヘルヴォルを殺して、その娘ヒルドを奪い去るようにそそのかす。ヘジンは先に飲んだ角杯によって「邪悪へとひきずり込まれ、忘却にかかってしまって」、盟友の誓いをも忘れてゴンドゥルの言った通りに行動してしまう。一度は船に乗り込んだヘジンだが、もう一度先の森に出かけたくなり、そこで三たびゴンドゥルに出会う。彼女に自分のしたことを話すと、彼女はヘジンを褒めて角杯をすすめる。これを飲むと眠気がおそい、ヘジンは彼女のひざに崩れかかる。

彼が眠ってしまうと、ゴンドゥルはその頭をのけて言った――「オージンが求めたあらゆる魔力と条件のもとでお前を、ホグニとお前を両方とも、そしてお前たちの軍勢をみんな殺してやるぞ。」(p.118)

目をさましたヘジンはすべてを思い出し船で去る。帰国したホグニはヘジンの悪業を知って彼を追い、ハーという島でこれに追いつく。ヘジンは和解を申し出るが、ホグニはこれを断る。

ホグニは答える――「貴殿がヒルドを求めたならば、妻として差上げたものを。今でも、貴殿はヒルドをかどわかしはしたが、そのことならば貴殿とわしは和解はできよう。が、貴殿が妃に対して卑劣なふるまいに及んであれを殺す程の重大な悪事を行なった以上、わしが和解を承知する見込みは一つとしてない。わしたちは直ちにこの場で、いずれの側が人斬りを自慢できるか試みねばならぬ。」(p.118-119)

二人は戦いを始めたが、「この呪いには甚だ大きな魔力と悪意がついてい」たので、「彼らは肩を斬り裂かれても再び前のように起ちあがって闘いあった」(p.119)。それから143年後、トリュッグヴィの息子オーラーヴがノルウェー王になった年、王はハー島に寄り一晩碇泊する。当時、島では見張りの者が夜になると姿を消してしまうと噂されていたが、この夜はキリスト教徒である〈光の〉イーヴァルが見張りに立つ。彼が島にあがると、ヒャッランディの息子ヘジンと名乗る全身血まみれ男があらわれて身の上を語り、自分たちを殺してこの苦難から解き放ってくれるように頼む。イーヴァルはこれを承知し、戦闘に加わっていた者すべてを殺害する。夜明けとともに船に戻ったイーヴァルは王にこの出来事を語る。昼になって島に戻ると、戦いの痕跡は何一つなかったが、イーヴァルの剣には血が残っており、その後、そこで見張りが行方不明になることは二度となかった。(終わり)


◆「永遠の戦い」における魔剣

ちなみに、グレンベックの再話『北欧神話と伝説』(山室静訳1971)にある「永遠の戦い」(p.155-160)は、この「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」に、先の「詩語法」62章を組み合わせたものだと考えられる(加えて「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」に存するキリスト教色を排除している)。この剣が登場する場面のみ、以下に引用しておこう。

 しかし、ヘグニは答えた。「もはや手遅れじゃ。なぜといって、わしはもはやわが剣ダインスレイフを抜いたのだからな。これは血を見なくては鞘にもどらんのじゃ」(p.160)

カナ表記は、二人の王が「ヒャランデの息子ヘディン」とデンマーク王「ヘグニ」、ヘグニの妃が「ヘルヴォール」、娘が「ヒルド」、ヘディンを罠にかける女(フレイヤの化身)が「ギュンドル」、二人が戦う島の名前が「ホー島」となっている。剣の名前は上述の通り「ダインスレイフ」だが、このカナ表記については、〈ネット検索〉の項でもう一度触れることにしよう。



〈考察:鍛冶工「ダーイン」の相棒は?〉

菅原の「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」(1978)によれば、「ダーインスレイヴ」とは「ダーインの遺産」という意味らしい。「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」(1978)の「〈付録〉スノッリ『詩語法』抜粋」では、該当箇所を次のように訳している。

するとホグニが答える―「もし和解をするつもりがあるというのなら、この申し込みは手遅れだ。もうわしは〈ダーインの遺産〉を抜いてしまっとるからだ。この剣は侏儒どもが鍛え、抜身になる度ごとに人を殺めずにはおかず、攻撃では遠慮を知らない。これでかすり傷でも負おうものなら、どんな傷でも治ることはない。」(p.122)

同じく「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」(1978)の「固有名詞索引・略解」によれば、「ダーインの遺産」の「ダーイン」は、「恐らく鍛治工の名であろう」とのことで、「『ヒュンドラの歌』7に、同名の鍛冶の侏儒が挙げられているし、『高き者のことば』143には、ルーンを知る妖精がこの名で呼ばれている」(p.126)と指摘している。谷口訳『エッダ』(1973)から、それぞれ引用しておこう。前者が『ヒュンドラの歌』7、後者は『オーディンの箴言』142-143である。

フレイヤ
「ヒュンドラ、馬鹿をおいいでない。夢でも見ているの。器用な二人の小人ダーインとナッビが作った黄金の剛毛をもつ猪が、輝いたのを、夫がヴァルハラの途中にいたなどというのは。」(p.207)
 ルーネをお前は見出すだろう。知恵者が描き、偉大な神々が作り、神々のフロプトが彫った占いの棒、すこぶる大きな、すこぶる硬い棒を。
 オーディンはアース神のもとで、ダーインは妖精の前で、ドヴァリンは小人の前で、アースヴィズは巨人たちの前で、わし自身もいくつか彫った。(p.39)

さらに、スノッリの『エッダ』第一部「ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)」にも、小人の名前を羅列した箇所に、「ドヴァリン」や「ナール」とともに「ダーイン」の名が見えている(p.235)。これらの名前がすべて同一の人物に関する記述なのかどうかは不明だが、『ヒュンドラの歌』に登場する器用な二人の小人ダーインとナッビの話はなかなか興味深い。谷口の「詩語法」(1983)の「小人たちが作った」、菅原の「『詩語法』抜粋」(1978)の「侏儒どもが鍛え」という言葉(小人の複数形)をそのまま取れば、この剣の製作者にダーインとナッビの二人組を想定することも可能だからである。もちろん、エッケの剣エッケザックスの例を考えれば、「ダーイン」は剣の製作者ではなく所持者であった可能性もあるのだが。



〈先行研究批判?:『ヴォルスンガ・サガ』のホグニとは関係ありません!〉

このダーインスレイヴ、登場の仕方が格好良いからか、先行するコレクションではよく取り上げられている。まずは、Truth In Fantasy編集部の『魔法の道具屋』(1992)から、「ダインスレイフ」に関する記述を引用してみよう。

魔性の剣。一度抜くと、人間の血を見るまでは決して鞘に収まらないという。デンマーク王ヘグニの持ち物である。ヘグニはヴァイキングの王ヘディンと世界の終わる時まで永遠に戦争を続けなければならない運命を背負わされている。

ヴァイキングの王ヘディンは、戦いの直前に和平交渉を行なっている。しかし、このときヘグニ王は、すでにダインスレイフを鞘から抜いてしまっていた。しばし躊躇したヘグニ王だったが、結局はダインスレイフの魔力に屈し、戦争へと突入していったのである。

カナ表記から考えても、グレンベックの再話『北欧神話と伝説』(山室静訳1971)をほぼ忠実に踏襲していることが分かる記述である。しかし、今回問題にしたいのはこの『魔法の道具屋』ではない。同じ出版社から出ている、佐藤俊之とF.E.A.Rの『聖剣伝説』(1997)の方である。佐藤は、「ダインスレフ(Dainslef)」の項に「シグルドを殺したホグニの剣」という副題をつけ、「ダインスレフは、北欧のヴォルスンガ・サガおよび中世ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の後半部分を彩る、ギョーキ家のホグニが持っていた鋭き剣である」(p.204)と述べているのである。以下に、同書から問題となる箇所を引用する。

 特に『ニーベルンゲンの歌(Das Nibelungenlied)』では、シグルドの死は物語の中盤にさしかかったころにあたり、そこから延々とグンナルとホグニの悲劇か語られている。ダインスレフは、このホグニが持っていた名剣だ。ホグニは強く勇敢ではあるが、狡猾で陰険な側面をも持っている、古代の伝説では珍しい人物である。(p.204)

 アトリの軍勢に囲まれて、グンナルとホグニは必死に戦った。このときホグニの持っていた剣が、シグルドがファーフニルから手に入れた宝物のなかに混じっていた宝剣のひとつ、ダインスレフだったのである。この剣は両刃の大剣だったが、左手に盾を持って使うことができた。ダインスレフは、シグルドの聖剣グラムと同じくライン川のこびとが鍛えたもので、その切れ味はすさまじく、アトリの軍勢はたったふたりの戦士にことごとくうち破られていった。
 だが、運命は彼らの死を求めていたのである。(中略)
 そしてホグニは、アトリに心臓をつかみ取られて死んだ。豪傑である彼は、胸から血しぶきをまき散らし、笑いながら死んだという。ダインスレフは名剣ではあったが、黄金の呪いの一部であり、英雄の運命を変えることはなかったのだ。(p.205)

確認しておくが、「詩語法」62章及び「ソルリの話とヘジンとホグニのサガ」に登場するホグニと、『ヴォルスンガ・サガ』に登場するホグニ(『ニーベルンゲンの歌』ではハゲネ)は(同名ではあるが)まったくの別人である。そして、『ヴォルスンガ・サガ』及び『ニーベルンゲンの歌』には、ダインスレフ(およびダインスレイフ)という剣は登場しない(菅原邦城訳『ゲルマン北欧の英雄伝説―ヴォルスンガ・サガ―』 東海大学出版会(1979)、相良守峯訳『ニーベルンゲンの歌 前編・後編』 岩波書店(1955)を参照)。したがって、上記引用箇所の内容は、まったくの誤りといって差し支えないものと思われる。

北欧のサガ文学を一つか二つ読んだことのある人間ならすぐに気が付くことだが、サガには同名の人物が頻出する(名前のバリエーションが非常に少ない)。同じ名前の人間がゴロゴロいるのである。そのために、あだ名で区別したり(スカラグリーム(禿のグリーム)と頬髯のグリームなど)、父の名前で区別したりするのである。名前が同じだからといって同一人物と考えるのは、あまりに短絡的である。

従来、この誤りの元凶は、この『聖剣伝説』という本自身に帰せられてきた。私自身、某神話サイトの掲示板などでそう発言したことがある。しかし、それは誤りであったことをここに指摘し、訂正してお詫びしたい。この誤謬には出典があったのである。それは、『聖剣伝説』の参考文献一覧にある Gertrude Jobes のDictionary of Mythorogy Folklore and Symbols (1962)。ただし、同書の"DAINSLEF"の項には"In Norse mythology magic sword of Hogni. Made by dwarfs."(p.407) つまり、「北欧神話に登場するホグニの魔剣で、ドワーフたちの作ったもの」とあるのみで、問題は"HOGNE(HOGNI)"の項にある。次に全文を引用しよう。

In the Volsung Saga son of Giuki and Grimhild. His brothers are Gunnar and Guttorm; his sister is Gudrun, wife of Sigurd. With his brothers, he is involved in the murder of Sigurd for the gold which Sigurd possessed. Atli, Gudrun's second husband, murders Gunnar and Hogne for the treasure. This is a time myth, in which Hogne and his brothers, princes of darkness,slay Sigurd, sun hero, and in their turn are slain. The magic sword of Hogne, Dainslef, was made by dwarfs. See Gudrun, Gunnar.(p.779)

簡単に訳すと、「ヴォルスンガ・サガにおけるギューキとグリームヒルドの息子。彼の兄弟はグンナルとグットルムで、シグルズの妻であるグズルーンという姉妹がいた。彼は兄弟とともに、シグルズが所有していた黄金のために彼の殺害に関与する。(中略)ホグニの魔法の剣ダインスレフは、ドワーフたちによって作られた。グズルーン、グンナルも参照」。つまり、『ヴォルスンガ・サガ』のホグニについて説明しているにもかかわらず、その剣を Dainslef としているのである。つづりに i が抜けている点も一致しており、佐藤が参照したのは同書に間違いないものと考えられる。同書の記述にも、何か出典があるのかもしれないが、いずれにしてもどこかで誰かが二人のホグニを混同したことから、この誤りが始まっていることに間違いはないだろう。近代の再話か何か(当然洋書)に出典があるのかもしれない。

ちなみに、いくら洋書に出典があるとはいっても、『ヴォルスンガ・サガ』と『ニーベルンゲンの歌』を通して読めば、誰でも(私でも)気が付く間違いである。その上、同じ出版社から当時既に公刊されていた『魔法の道具屋』(1992)を、まったく無視している。グレンベックを読んでいないだけなら致し方ないが、自社から出ている先行図書くらい読んでおいていただきたい。

なお、同一著者による『聖剣伝説 II』(1998)には、「ダインスレイフ(Dáinsleif)」(今度は i が入っている)という項があり、『散文のエッダ』(スノッリの『エッダ』のこと)と『フラート島本』を出典とする古代デンマークの王ホグニの魔剣を紹介している。その内容及びカナ表記(ダインスレフ、デンマーク王のホグニ、その娘ヒルド、セルクランドの王ヘジン、謎の女ゴンドゥル)を見ると、主に菅原の『北欧神話』(1984)に拠り、剣名のみグレンベックに拠っていることが分かるが(いずれも参考文献一覧にあり)、「前書『聖剣伝説』で紹介されたダインスレフとこの剣はおそらく異なる」(p.102)として、『聖剣伝説』の「ダインスレフ」の記述は否定していない。間違いに気がついていないのか、それとも間違いではないと主張するだけの何か有力な根拠が何かあったのか? 何とも不思議である。



〈ネット検索:「ダインスレイフ」〉

◇調査日:2004/12/12
◇方法:Googleで、8,058,044,651ウェブページから検索
◇対象:ヒット数約1,160件、うち上位100件を集計

項目HIT内訳
TV&PCゲームに登場する武器7462ダインスレイフ『ファイナルファンタジーXI』(PS2・オンラインRPG・スクウェアエニックス・2002〜)に登場(片手剣)。
ダインスレイフ『ベアルファレス』(PS・ARPG・ソニー・2000)に登場(片手剣)。
ダインスレイフ『悪魔城ドラキュラX〜月下の夜想曲〜』(PS/SS・ARPG・コナミ・1997/1998)に登場(剣)。
ダインスレイフ『偽典女神転生』(Win/PC98・RPG・アスキー・2002)に登場。
ダインスレイフ『オウガバトル64』(64・SRPG・Nintendo/QUEST・1999)に登場(片手剣)。
ダインスレイフ『新紀幻想スペクトラルソウルズ』(PS2・SRPG・アイディアファクトリー・2003)に登場(多分武器)。
ダインスレイフ『Brave Gear』(Win・3DARPG・灯(フリー)・2004)に登場(両手剣)。
ダインスレイフ『あいこっちオンライン』(Win・ネット対応のデスクトップキャラ育成ゲーム・(有)エイジ( フリー)・2000)に登場。
トレーディングカードゲームに登場10魔剣ダインスレイフ『モンスター・コレクション2』(魔法帝国の興亡)のカード名(アイテムカード)。
ダインスレイフ『MCTCG 妖精伝承〜真実の扉〜』(エンターブレイン社・2004)のカード名(スペルカード?)。
★本家「ダインスレイフ」名剣ダインスレイフ
 /ダーインスレイヴ
ダインスレイフ
暗黒剣ダインスレイフ
『アーマード・コア』の機体名ダインスレイフ『アーマード・コア ネクサス』(PS2・3D戦闘メカアクション・フロムソフトウェア・2004)のグラオ系の機体( アーマード・コアと呼ばれるメカ)につけられた名称(ただしゲーム上にこの名称が登場するわけではなく、サイト管理者による自作機の名称かと思われる)。
ダインスレイフ『アーマード・コア1』(PS・3D戦闘メカアクション・フロムソフトウェア・1997)を元ネタとする二次創作小説『NIGHTMARE』に登場するアーマード・コアの名称。
ダインスレイフ『アーマード・コア2』(PS2・3D戦闘メカアクション・フロムソフトウェア・2000)の軽量四脚の機体につけられた名称(ただしゲーム上にこの名称が登場するわけではなく、サイト管理者による自作機の名称かと思われる)。
TRPGに登場する剣魔剣ダインスレイフ現代魔法ファンタジーTRPG『ナイトウィザード』(菊池たけし/F.E.A.R.著・エンターブレイン)のリプレイに登場する剣(ただし人格あり)。
自作小説に登場する剣ダインスレイフ水薙竜涙のオリジナル小説『冬月竜騎譚』に登場する魔剣(ただし女性の人格あり)。
その他吸血剣ダインスレイフイラストレイター(同人作家?)によるオリジナルキャラクターのキャラクター設定に登場する剣の名称。
ダインスレイフgooで「ダインスレイフ」を検索した検索結果。
合計100

まずは予告どおり、カナ表記の問題から。「ダインスレイフ」というカナ表記は、グレンベックの『北欧神話と伝説』(山室静訳1971)とこれを踏襲した『魔法の道具屋』(1992)や『聖剣伝説2』(1998)が広めたものと思われるが、他のカナ表記の検索結果はどうなっているかと言うと…

「ダインスレイヴ」 187件  「ダーインスレイヴ」 61件  「ダインスレフ」 106

ちなみに「ダインスレイヴ」と「ダーインスレイヴ」は、上記「ダインスレイフ」と同じ2004/12/12の調査。「ダインスレフ」は忘れていたので、2004/12/28の調査である。谷口(「詩語法」訳注1983)・菅原(〈付録〉『詩語法』抜粋1984)の大御所二人が採用している「ダーインスレイヴ」が最も少ないのが興味深いが、北欧神話入門書としてのグレンベックの普及度を考えると、この差も当然かもしれない。

一方、少なくとも管見の限り出典の分からない「ダインスレイヴ」がこれを上回る理由が謎だが、ヒットしたページを具体的に見ていくと、この疑問も幾分解消される。北欧神話をモチーフにした『ヴァルキリープロファイル』(PS・RPG・トライエース・1999)というゲームに「魔剣ダインスレイヴ」という武器が登場しているのである。このゲーム、「レーヴァテイン」も「魔剣レヴァンテイン」という独特のカナ表記によって登場させていたことを考えると、制作元トライエースは表記をいじる癖があるのかもしれない。

また、最後の「ダインスレフ」は『聖剣伝説』(1997)の影響を受けていることを如実にあらわすカナ表記である。ヒットしたページに、「ニーベルンゲンの宝のひとつ」などと出てくるのも当たり前と言えば当たり前。今回、「ダインスレイフ」でこの手の間違いを踏襲したページがヒットしなかった理由は、このカナ表記の差にあると見て間違いないだろう。

次に具体的な内容について見ていくが、ダントツトップの『ファイナルファンタジーXI』を筆頭に、血を吸う(ゲーム的にはHP吸収など:『FFXI』・『悪魔城ドラキュラ』)、暗黒属性を持つ(『Brave Gear』・『オウガバトル64』)、人格を持ってしゃべるなど、「魔剣」らしい性質を持ったものが多いのが目につく。また、それだけ「魔剣」のイメージが強いためか、剣以外の名称に用いられることは少ないようである。『アーマード・コア』の機体名としての用法(しかも相互に関係のなさそうなページが3件計5ヒットもした)が、剣以外の数少ない用いられ方だが、これも「ダインスレイフ」という名前の持つ「攻撃性」をあらわしているのかもしれない。


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Copyright (C) 2004-2007 Akagane_no_Kagerou
2004/12/31:初版
2007/01/26:「表記」欄を追加、細部を修正
2007/06/15:誤字を訂正するなど一部修正
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