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中国・朝鮮の神話・伝説の武器

《第6展示室》

日本を除く東アジアの神話・伝説を扱うつもりです。したがって、ここで言う「朝鮮」とは、もちろん朝鮮半島全土のこと。まあ、いずれにしても今のところ中国のものしかありませんが、そのうち何とかするということで。現状、大半が剣で占められています。しかも、古代中国では剣を一度に複数本造らせることが多かったのか、二振り、三振り、五振りといった揃いモノ?が多いです。あとは、『西遊記』・『封神演義』あたりを攻めよう、と言いながら早数年。この辺りを本格的に扱えば、剣以外の武器が数多く出てくるのでしょうけれど。…いつになることやら。

◆三皇五帝の時代
分類名称主な出典概要
名弓烏号
(うごう)
◇『史記』「孝武本紀」古の帝王黄帝が龍に乗って天に昇る際に落とした弓。この時、群臣や後宮の女官らも龍に乗ったが、乗れなかった小臣たちは龍の髯にとりついた。しかし髭は抜け、小臣たちは落ちた弓と龍の髯を抱いて泣き叫んだため、後にその弓は烏号と呼ばれた。
霊剣曳影之剣
(えいえいのけん)
◇『拾遺記』昌意の子で黄帝の孫にあたる上古の帝王顓頊(せんぎょく)の剣。四方に兵乱が起こると、その方角へ飛んでいってこれを伐ち、普段は庫裏の中で龍虎のような声を発したという。


◆殷・周時代の歴史・説話
分類名称主な出典概要
名剣
(けつ)
◇『荀子』「性悪篇」周の文王の軍師で斉国の創始者とされる太公望呂尚の剣。「桓公之葱」「文王之録」「荘君之曶」の他、干将や莫耶などと並んで古の良剣とされる。
名剣
(ろく)
◇『荀子』「性悪篇」後世理想の君主と見なされた周の文王の剣。「桓公之葱」「大公之闕」「荘君之曶」の他、干将や莫耶などと並んで古の良剣とされる。「録」は「緑」に通じ、ここでは「みどり」の意か。


◆干将と欧冶子
分類名称主な出典概要
宝剣干将
(かんしょう)
◇『呉越春秋』呉王の闔閭が干将に造らせた二振りの剣のうちの一つ。はじめは鉄の精髄がうまく溶けず失敗するが、妻の莫邪とともに髪と爪を切って炉の中に投げ入れたところ、鉄鉱はようやく溶けて剣は完成した。
◇『拾遺記』呉王が造らせた雌雄一対の剣のうちの雄の剣。ある時、呉の武器庫の鉄の武具が尽く食い荒らされ、武器庫の穴から雄雌二匹の兎に似た獣が見つかった。これを殺して腹を裂くと胆や腎臓が鉄のようだったため、呉王はこの胆と腎臓で剣を作らせた。
宝剣莫邪
(ばくや)
◇『呉越春秋』呉王の闔閭が干将に造らせた二振りの剣のうちの一つ。造るにあたって髪と爪を炉に投げ入れたのは、鉄鉱石がうまく溶けなかった時、干将の師匠が夫婦揃ってたたらの中に身に投げ入れたのにならってのこと。
鏌鋣
(ばくや)
◇『拾遺記』呉王が造らせた雌雄一対の剣のうちの雌の剣。武器庫の鉄の武具を食い荒らした雌雄二匹の獣の胆と腎臓で作られたこれらの剣は、玉石を切断し犀を斬り殺すほど鋭利だったため、宝器として珍重された。
宝剣龍淵
(りょうえん)
◇『越絶書』楚王が風胡子に命じ、呉の干将と越の欧冶子に造らせた三振りの剣のうちの一つ。その有様を見ると、高山に登って深淵に臨んでいるのようであったことから、その名がつけられた。
龍泉
(りょうせん)
◇『晋書』「張華伝」雷煥と張華が手に入れた二振りの宝剣のうちの一つ。斗牛の間が毎夜紫色に光るので、張華が尋ねると、占星術に長けた雷煥は宝剣の精だと言う。張華は雷煥に宝剣の捜索を依頼。雷煥は二本の宝剣を見つけ、一方を自分で持ち、他方を張華に贈った。
宝剣泰阿
(たいあ)
◇『越絶書』 etc.楚王が風胡子に命じ、呉の干将と越の欧冶子に造らせた三振りの剣のうちの一つ。晋王と鄭王がこれらの宝剣を手に入れようと出兵、楚の城都を包囲したが、この剣を手にした楚王が指揮を取ると包囲軍は大敗した。『楚辞』では「太阿」とする。
太阿
(たいあ)
◇『晋書』「張華伝」雷煥と張華が手に入れた二振りの宝剣のうちの一つ。張華が没するとその剣は行方不明になるが、雷煥の剣は息子雷華が受け継ぐ。しかし、その剣もある時、 腰からひとりでに飛び出して川に沈む。見ると水底に剣はなく、二匹の龍が見えたという。
宝剣工布
(こうふ)
◇『越絶書』楚王が風胡子に命じ、呉の干将と越の欧冶子に造らせた三振りの剣のうちの一つ。干将と欧冶子は茨山を掘り、その渓谷を涸らして三振りの鉄剣を鍛えた。伝本によっては「工市」とも。
宝剣純鈞
(じゅんきん)
◇『呉越春秋』
◇『越絶書』 etc.
越王允常が欧冶子に造らせた五振りの剣のうちの一つ。この剣を造る時、赤菫の山が裂けて錫が現れ、若耶の渓が涸れて銅が現れ、雨師が水を撒き、雷光が太鼓を叩き、蛟龍が炉を捧げ、天帝が炭をくべ、太一が降ってきてこれを見たといい、欧冶子は天地の精により、技巧の限りを尽くしてこの剣を鍛えたという。「淳鈞」「湻均」とも。
宝剣湛盧
(たんろ)
◇『呉越春秋』
◇『越絶書』 etc.
越王允常が欧冶子に造らせた五振りの剣のうちの一つ。薛燭によれば、これを帯びる者は敵を討つことが出来、謀反を企む臣下がいれば、他国に去らせることが出来るという。允常はこれを呉に贈るが、呉王闔閭の暴虐無道ぶりを嫌った湛盧は自ら楚に飛んでいったので、楚の昭王はいながらにしてこの剣を手に入れた。
名剣豪曹
(ごうそう)
◇『呉越春秋』
◇『越絶書』 etc.
越王允常が欧冶子に造らせた五振りの剣のうちの一つ。湛盧、魚腸とともに越王から呉王に贈られた。ある時、呉王闔閭は、自分が半分食べた魚の残りを娘の滕玉に食べさせようとした。しかし、滕玉はこれを自分への辱めと受け取り自殺。闔閭は大々的な葬儀を行い、盤郢は滕玉の副葬品となった。薛燭によれば、これは宝剣ではなく、華も輝きもなく、魂を失っているといい、風湖子は、不法の物で人のためにはならないので死者に贈られたのだという。「勝邪」「磐郢」とも。
盤郢
(ばんえい)
名剣魚腸
(ぎょちょう)
◇『呉越春秋』
◇『越絶書』
越王允常が欧冶子に造らせた五振りの剣のうちの一つ。薛燭によれば、これは逆理の剣で、これを帯びる者は臣であればその君を弑し、子であればその父を弑するという。呉に贈られたこの剣は、公子光(のちの呉王闔閭)により、呉王僚殺害に使われた。光は酒宴を催し、専諸にこの剣を焼魚に隠すよう命じる。僚の前に来るや専諸は焼魚からこれを取り出し、僚を刺し殺した。僚は死に、専諸も左右の者に殺された。
名剣巨闕
(きょけつ)
◇『呉越春秋』
◇『越絶書』 etc.
越王允常が欧冶子に造らせた五振りの剣のうちの一つ。五振りのうち、純鈞・湛盧・豪曹の三振りは大きく、魚腸・巨闕の二振りは小さかった。薛燭によれば、この剣はすでに光を失っており、宝剣ではないという。なお、『太平御覧』所収の『呉越春秋』は、剣を薛燭に見せたのを越王允常とするが、『越絶書』は句践とする。「鉅闕」とも。


◆春秋戦国時代の歴史・説話
分類名称主な出典概要
名剣
(そう)
◇『荀子』「性悪篇」春秋五覇の一人である斉の桓公の剣。「大公之闕」「文王之録」「荘君之曶」の他、干将や莫耶などと並んで古の良剣とされる。その名は「青い」の意か。
名剣
(こつ)
◇『荀子』「性悪篇」春秋五覇の一人である楚の荘王の剣。「桓公之葱」「大公之闕」「文王之録」の他、干将や莫耶などと並んで古の良剣とされる。
名剣属鏤
(しょくる)
◇『史記』「伍子胥列伝」
◇『春秋左氏伝』 etc.
呉王夫差が家臣の伍子胥に与えた剣。子胥は越と和し斉を討とうとする呉王に、越を討つべきであると諫言する。しかし入れられなかったため、呉の滅亡を予期して自身の子を斉の鮑氏に託す。これを聞いた呉王は、この剣を与えて子胥に自刃させた。
宝剣歩光之剣
(ほこうのけん)
◇『史記』「仲尼弟子伝」
◇『呉越春秋』 etc.
越王句践が呉王に献上した剣。呉に大敗を喫した越王は、孔子の弟子子貢の言を入れて復讐の志を隠し、斉を討とうとする呉に協力を申し出て、自らが所蔵する屈盧の矛とこの剣、甲二十領を呉に献上した。
宝槍
宝弓
屈盧之矛
(くつろのほこ)
◇『史記』「仲尼弟子伝」
◇『呉越春秋』 etc.
越王句践が呉王に献上した矛。ただし、『呉越春秋』によれば、後、呉王夫差が斉を討つために呉を離れると、越は兵を起こして呉に勝利、呉王を自刃させた時、越王はこの矛と歩光の剣を帯びていた。同じ矛・同じ剣とすれば、どこかで取り返したか。
屈盧之弓
(くつろのゆみ)
◇『越絶書』越王句践の弓。越が呉に勝利し、越王が呉王夫差を自刃させた時、越王が歩光の剣とともに帯びていたもの。なお、『越絶書』でも先に呉王に献上したのは「屈廬之矛」と「歩光之剣」。「矛」を「弓」と誤ったものか。
霊剣揜日
(えんじつ)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。この剣で太陽を指すと、昼でもあたりが暗くなったという。
霊剣断水
(だんすい?)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。この剣で水を斬ると、水は割れてふたたび合うことはなかったという。
霊剣転魄
(てんぱく?)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。この剣で月を指すと、月に棲む蟾蜍(ひきがえる)と兎がひっくりかえったという。
霊剣懸剪
(けんせん)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。空を飛ぶ鳥がこの刃に触れると真っ二つに斬れたという。
霊剣驚鯢
(きょうげい?)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。この剣を海に浮かべると、鯨の類が驚いて海中深く潜ったという。
霊剣滅魂
(めつこん)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。夜、この剣を持って歩くと、魑魅魍魎は怖れて姿を消したという。
霊剣却邪
(きゃくじゃ)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。物の怪に憑かれた者がこの剣を見ると、怖れて平伏したという。
霊剣真剛
(しんごう?)
◇『拾遺記』越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの剣のうちの一つ。この剣で玉や金属を斬ると、土や木を削るようにたやすく斬れたという。
宝剣含光
(がんこう)
◇『列子』衛の孔周が秘蔵していた三振りの宝剣のうちの一つ。殷の天子が用いていたものだが、人を殺すことは出来ない。目には見えず、振り回してもどこまで届いているのかはっきりしない。何かに触れても分からず、触れられた方にも分からない。
宝剣承影
(しょうえい)
◇『列子』衛の孔周が秘蔵していた三振りの宝剣のうちの一つ。殷の天子が用いていたもの。夜明けと夕暮れに北に向かって凝視すると、何かがあるようには見えるがはっきりしない。何かに触れるとかすかに音がするが、傷を付けることは出来ない。
宝剣宵練
(しょうれん)
◇『列子』孔周秘蔵の宝剣で、もとは殷の天子のもの。昼には影、夜には光だけで形は見えない。何かを斬っても刃が通る片端から、元通りになってしまう。魏の来丹が借り受け、父の仇である黒卵を討とうとするが、痛みを与えただけで殺すことは出来なかった。


◆魏晋南北朝時代の歴史・説話
分類名称主な出典概要
宝剣白虹
(はくこう)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。四部叢刊本『古今注』及び百川学海本『中華古今注』では「白蛇」とする。
宝剣紫電
(しでん)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。「紫電」は「紫色の電光、冴えた稲妻」の意。
宝剣辟邪
(へきじゃ)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。
宝剣流星
(りゅうせい)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。百川学海本『中華古今注』は「奔星」とする。
宝剣青冥
(せいめい)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。「青冥」は「青空、青天」の意。
宝剣百里
(ひゃくり)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その六振りの宝剣のうちの一つ。
宝剣百錬
(ひゃくれん)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その三振りの宝刀のうちの一つ。「百錬」とは幾回となく錬り鍛えること。
宝剣青犢
(せいとく)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その三振りの宝刀のうちの一つ。「犢」は「仔牛」の意。
宝剣漏影
(ろうえい)
◇『古今注』
◇『中華古今注』
呉大帝孫権は三振りの宝刀と六振りの宝剣を持っていたが、その三振りの宝刀のうちの一つ。畿輔叢書本『古今注』では「漏景」と表記。


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2005/10/16:初版
2013/03/14:最終加筆
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