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ガイ・ボルガ(gae bolga

分類魔槍
表記◇ガイ・ボルガ(マイヤー, マルカル, ディレイニー, コットレル)
◇ガエ・ボルガ(ツァイセック)
◇ゲ・ボルガ(ディロン)
◇ゲイ・ボルグ(井村, 健部, グリーン)
◇ゲー・ボルグ(八住)
◇ガイ・ブールガ(青木)
◇ガ・ブールガ(ハル)
◇ゲ・ブルガ(松村)
◇gae bolga(マイヤー, ディロン)
◇Gai bolga(マルカル)
◇Gae bolg(健部)
◇Gae Bolg(八住)
◇Gae-Bolg(Ellis)
◇Gae Bulga(青木, グリーン)
◇gàl bwlga(ハル)
◇Gáe Bulga, Bolga, Bulg, Bolg(MacKillop)
語意・語源◇「雷の投擲」(マルカル), ◇「蛇腹状の投げ槍」(健部), ◇"a barbed spear"(ハル)
系統アルスター物語群
主な出典◇『クアルンゲの牛捕り』 (Táin Bó Cuailnge)?
「クーリーの牛争い」「トェン・ボー・クールニュ」とも。アルスター物語群中で最も長く、最も重要な物語。コナハトの王夫婦アリルとメドヴが、牡牛ドン・クアルンゲを略奪するため大軍を率いてアルスターに侵攻、これにアルスターの英雄クー・フリンが立ち向かう。最古の稿本(第一稿本)は、『赤牛の書』(1100年頃)、『レカンの黄書』(14世紀)、16世紀の二つの写本に残るが、これは出所の異なる更に古い原典を編纂したものなので、記述の重複や矛盾がある。これを整理した第二稿本は、『レンスターの書』(1160年頃)、17-18世紀に成立した他の写本に残る。さらに、第二稿本を編集した第三稿本が、15-16世紀に成立した二つの写本に残っている。(マイヤー)
◇『アイフェの一人息子の最期』 (Aided Oenfir Aífe
アルスター物語群の一つ。英雄クー・フリンと女武者アイフェの息子コンラは、父を求めてアイルランドへ旅立つ。しかし、まだ見ぬ父の言いつけを守って、名を告げることも、戦わずに降伏することも拒んだため、クー・フリンは実の子と知りつつも決闘でコンラを倒す。//『レカンの黄書』に最古の稿本が残る。(マイヤー)
参考文献 ◇八住利雄編 『世界神話伝説大系40 アイルランドの神話伝説〔I〕』 名著普及会, 1981.2(1929.3)
◇井村君江 『ケルトの神話』筑摩書房, 1990.3(1983.3)
◇エレノア・ハル(青木義明訳)「翻訳 概説「クーリィの牛奪り」」 『静岡大学法経短期大学部研究紀要 法経論集』No.52, 1983.12
◇マイルズ・ディロン(青木義明訳)『古代アイルランド文学』 オセアニア出版社 1987.10
◇青木義明 「翻訳 古代中世アイルランド伝承文学「リカン黄書」より イーファのひとり息子の壮絶なる死」 『法経論集』第64号, 1990.3
◇健部伸明 『神話世界の旅人たち ケルト・北欧篇』 JICC出版局, 1991.8
◇大林太良ほか編 『世界神話事典』 角川書店, 1994.1
◇イアン・ツァイセック(山本史郎, 山本泰子訳)『図説ケルト神話物語』 原書房, 1998.6
◇アーサー・コットレル(松村一男ほか訳)『ヴィジュアル版 世界の神話百科』 原書房, 1999.10
◇フランク・ディレイニー(鶴岡真弓訳)『ケルトの神話・伝説』 創元社, 2000.9
◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修、平島直一郎訳)『ケルト事典』 創元社, 2001.9
◇ジャン・マルカル(金光仁三郎, 渡邉浩司訳)『ケルト文化事典』 大修館書店, 2002.7
◇松村賢一 「巨人、この異様なるもの」 中央大学人文科学研究所編 『ケルト 口承文化の水脈』 中央大学出版部, 2006.3
◇ミランダ・J・グリーン(井村君江監訳, 渡辺充子, 大橋篤子, 北川佳奈訳)『ケルト神話・伝説事典』 東京書籍, 2006.8
◇Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, ABC-CLIO, 1992
◇James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998


◆英雄クー・フリンの魔法の槍

アルスターの英雄クー・フリンは、ガイ・ボルガという名の魔法の槍を持っている。ベルンハルト・マイヤーの『ケルト事典』(2001訳)、ジャン・マルカルの『ケルト文化事典』(2002訳)に、それぞれ「ガイ・ボルガ(gae bolga)」、「ガイ・ボルガ(Gai bolga)」という項目があるので、まずはこの両者を引用しよう。

アルスター物語群に出てくる,英雄クー・フリンの有名な槍。クー・フリンはこの槍で,『クアルンゲの牛捕り』では義兄弟で好敵手のフェル・ディアを倒し,『アイフェの一人息子の最期』では自分の息子を手に掛けた。この二つの話から,この槍は水中でのみ使うことができ,多数の鉤によって致命的な深手を与えたことがわかる。(p.58)
ガイ・ボルガの文字通りの意味は「雷の投擲」である.ガイ・ボルガは,女武者スカータハが英雄クー・フリンに教えた,戦闘で用いる魔術的な恐るべき技で,クー・フリンだけがこれを心得ていた(『クアルンゲのウシ捕り』,『アイフェの1人息子の最期』).(p.36)

ガイ・ボルガについて考えるべき問題は、ここに一通り出揃っている。まず、女武者スカータハから教わったものであること、好敵手フェル・ディア(フェル・ディアド)や実の息子をこれによって殺めていること、その典拠は『クアルンゲの牛捕り』、『アイフェの一人息子の最期』にあること。この三つは、基本情報としてそのまま認めて良いと思われる。

問題は、マイヤーが「水中でのみ使える」とする使用法、「多数の鉤によって深手を与える」という効果・能力、マルカルが「雷の投擲」とするその語義である。そして、最も重要なのは、そもそも「ガイ・ボルガ」は槍の名称なのか、という問題である。マイヤーが「有名な槍」「この槍で…」「この槍は…」と述べるのに対して、マルカルは「槍」とは一言も言わず、「戦闘で用いる魔術的な恐るべき技」としているからだ。これは「武器の名前」だけを集めようとする本館にとって、最初に考えなければならない問題である。ただ、説明の都合上、ひとまずは「槍」として話を進めることにし、詳しい検討は後で行うことにしたい。


◆女武者スカータハとガイ・ボルガ

まずはクー・フリンがガイ・ボルガを手に入れるところから話を始めたい。女武者スカータハについてマイヤーは「アルスター物語群に登場する,皆から恐れられた女武者。クー・フリンは彼女のもとで武芸の修行をしたという。この経緯については『エウェルへの求婚』に詳細が述べられる」と書いている(p.130)。ガイ・ボルガがスカータハから手に入れたものであるなら、『クアルンゲの牛捕り』、『アイフェの一人息子の最期』だけではなく、この『エウェルへの求婚』にもその名が登場している可能性が高い。

そこで、『エウェルへの求婚』の本文にあたりたいところだが、残念なことに私の知る限り『エウェルへの求婚』には十全な日本語訳がない。八住利雄編『世界神話伝説体系40 アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)や、井村君江の『ケルトの神話』(1983/1990)、イアン・ツァイセックの再話『図説ケルト神話物語』(1998訳)に、それと思われる挿話が含まれているが、いずれが原典に最も忠実なのか、私には判断出来ない。そこで、ここでは井村の『ケルトの神話』中の一節「エマーへの求愛」に拠り、引用を交えながら簡単にあらすじを追うにとどめることにする。なお、井村のカナ表記とマイヤーのそれが異なる場合に、括弧内にマイヤーのカナ表記を示す。

ク・ホリン(クー・フリン)はある時、フォーガル(フォルガル)の娘エマー(エウェル)に求婚する。フォーガルはこれを快く思わず、ク・ホリンに「影の国」へ行って女戦士スカサハ(スカータハ)から武術を学ぶことを勧める。フォーガルは、その途上でク・ホリンが命を落とすことを願ったのである。そうとは知らないク・ホリンは「影の国」へと旅立つ。険しい道を越え、『弟子の橋』の前まで来ると、多くの者がそこで立ち往生している。そこで出会った、後に好敵手となるファーディア(フェル・ディア)はク・ホリンに次のように教える。

「スカサハが教えてくれる魔術の極意は二つあるのだが、その一つがこの橋を跳び越える術、もう一つが、ゲイ・ボルグという槍の使い方だ。だからスカサハから教わらないかぎり、この橋を跳び渡るのは難しいだろうな」(p.177)

しかし、この橋を独力で跳び越えたク・ホリンはスカサハの城へとたどり着く。スカサハは戦いの魔術をすべて伝授し、別れ際にゲイ・ボルグ(ガイ・ボルガ)という魔法の槍を授ける。ク・ホリンは「影の国」から戻ると、結婚の約束を果たすためにエマーのもとに向かう。フォーガルはこれを許さず、ク・ホリンに攻撃を仕掛けるが、かなうはずもなくその刃に倒れる。そしてク・ホリンとエマーは宮廷の人々の祝福の中でめでたく結ばれる。


◆親友フェル・ディアドとの一騎討ち

ガイ・ボルガが活躍する物語の一つが、アルスター物語群中で最も長く、最も重要な物語である『クアルンゲの牛捕り』である。この物語も私の知る限り、完訳と呼べるような日本語訳は存在しないが、概要や再話なら諸書に見ることが出来る。そのため、あらすじの説明は割愛するが、ごく大雑把に言うなら、コナハトのアリルとメドヴの王夫婦が大軍勢を率い、牡牛ドン・クアルンゲを略奪するためアルスターに侵攻。これに英雄クー・フリンがただ一人で立ち向かう、といった物語である。その中でクー・フリンはコナハト側のフェル・ディアドと一騎討ちをすることになるのだが、その経緯についてマイヤーは次のように述べている。

フェル・ディアドはクー・フリンと同じく女武者スカータハのもとで武術の修業をしたので,アリルとメドヴの王夫婦は,彼こそアルスターの英雄クー・フリンの好敵手であると考えた。フェル・ディアドは初め,かつて共に修業した義兄弟との対決を拒んだが,王夫婦の奸計で,承知せざるをえなくなった。(p.187)

マイヤーによれば、この決闘は『クアルンゲの牛捕り』中盤のクライマックスであり、諸書に取り上げられている。ここではその概要をマイルズ・ディロンの『古代アイルランド文学』(1987訳)から引用しよう。なお、原文にある( )内の注は省略(ただし一部は後段で取り上げる)。ガイ・ボルガは「ゲ・ボルガ」と表記されている。

 フェル・ディアドとクー・フランは三日間戦うが、いずれも相手に対して優位を得られない。三晩とも、クー・フランは傷を癒すための蛭と薬草とをフェル・ディアドに送り、一方、フェル・ディアドはクー・フランに食糧を送るのだった。四日目、武器を選ぶ権利がまわってくると、クー・フランは「浅瀬で戦うこと」を選んだ。フェル・ディアドは不吉な予感を覚えた。クー・フランがこれまで敵を打ち敗かしたのは、いつも浅瀬での戦いだったからだ。長時間、両者は互角に戦った。ついに、クー・フランは秘蔵の槍ゲ・ボルガを呼び求めた。クー・フランだけが、女武芸者スキャサフからその操法を学んだ妖槍だった。(略)クー・フランの戦車手レーがゲ・ボルガを浅瀬に突き立てると、クー・フランはこれを引き抜き、フェル・ディアドめがけて投げつけた。こうして、フェル・ディアドは最期を迎えた。クー・フランは親友の死を嘆き哀しむ。(略)そして、クー・フラン自らも受けた傷のために倒れ伏してしまう。(p.27)

「クー・フランは秘蔵の槍ゲ・ボルガを呼び求めた」「クー・フランの戦車手レーがゲ・ボルガを浅瀬に突き立てると」云々という記述を読む限り、ゲ・ボルガ(ガイ・ボルガ)が技の名前であるとは考えにくい。戦車手レー(ロイグ)の手にある時点で、槍はすでに「ゲ・ボルガ(ガイ・ボルガ)」と呼ばれているからである。同様の記述は他の文献にもあり※1、この部分がディロンの脚色であるとも考えられない。

また、クー・フリンが戦場に浅瀬を選んでいることにも注目しておきたい。同じ場面の再話は八住の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)、井村の『ケルトの神話』(1983/1990)、ツァイセックの『図説ケルト神話物語』(1998訳)、フランク・ディレイニーの『ケルトの神話・伝説』(2000訳)などで読むことが出来るが、このうち、ツァイセックは「川の中」(p.109)、ディレイニーは「浅瀬の水中」(p.226)をクー・フリンが戦場に選んだとしている。一方、八住と井村は、戦場の選択には触れていないものの、初めから「河の浅瀬」(八住 p.254)、「浅瀬」(井村 p.197)で戦っている※2

なお、諸書によれば、『クアルンゲの牛捕り』には、フェル・ディアド戦以外にも、ガイ・ボルガが使用される場面がある。相手はコナハトの戦士(ツァイセックのカナ表記に従えば)ロホ・マク・エヴォニスである。この時の戦場についても、八住の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)、井村の『ケルトの神話』(1983/1990)は「河の浅瀬」(p.238/p.193)とし、ツァイセックの『図説ケルト神話物語』(1998訳)はロホの弟の死んだ場所よりも「少し上流」(p.92)の「浅瀬」(p.93)としている。

※1 : 以下、八住の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)、ツァイセックの『図説ケルト神話物語』(1998訳)、フランク・ディレイニーの『ケルトの神話・伝説』(2000訳)の同じ場面を順に引用する。ちなみに、御者ロイグを八住は「レーグ」、ツァイセックは「ラエグ」と表記している。

そして大きな声で御者のレーグに向かって叫んだ。魔槍ゲー・ボルグを投げてくれるようにである。
 レーグは早速ゲー・ボルグをクフーリンの手許へ投げた。(p.254-255)
クーフランはラエグよと呼びかけ、ガエ・ボルガを渡せ!と命じました。ついにあの恐怖の槍の出番です。(p.110)
クー・フリンは生まれて初めての恐怖におののき、ロイグにガイ・ボルガを持ってくるように叫んだ。ロイグはガイ・ボルガを水に滑らせた。槍は流れに乗って下流のクー・フリンのもとへ届いた。(p.227)

※2 : ちなみに、八住と井村は、クー・フリンとフェル・ディアドの戦いの激しさに恐れをなして河の流れが止まり、二人は乾いた土の上で戦った、と書いている。水は一度なくなってしまうのである。しかし、クー・フリンの傷口から流れ出た血によって、河は流れ(「真っ赤な色をした流れ」「赤い流れ」)を取り戻す。ガイ・ボルガが使われるのはその後である。


◆一人息子コンラとの一騎討ち

ガイ・ボルガの活躍する物語、二つ目は『アイフェの一人息子の最期』である。この物語で死ぬことになる「アイフェの一人息子」とは、スカータハと父を同じくする女武者アイフェと、クー・フリンとの息子コンラのこと。彼がまだ見ぬ父の言いつけを守って、名を告げることも、戦わずに降伏することも拒んだため、クー・フリンは実の子と知りつつも決闘で彼を倒す、というのがこの物語のあらましである。その概要は、八住の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)や井村の『ケルトの神話』(1983/1990)、ディロンの『古代アイルランド文学』(1987訳)で読むことができるが、この物語には有り難いことに原典からの完訳と呼べるような日本語訳がある。青木義明が「イーファのひとり息子の壮絶なる死」と題して『レカンの黄書』からの翻訳を発表しているのである(『法経論集』64, 1990.3)。物語のクライマックス、二人の決闘でガイ・ボルガの用いられる場面をこの青木訳から引用しよう。なお、名を明かさないクー・フリンの息子コンラは、ここでは「若者」と呼ばれている。

 両者は組んづ解れつ海のなかへと入って行った。若者は二回クーフーリンを海中に溺れさせようとした。やがて、クーフーリンは立ち上がり、妖槍ガイ・ブールガを振るって若者を幻惑した。これはスキャサッフがクーフーリンにのみ教えた妖術であった。クーフーリンは海中から若者めがけてガイ・ブールガを放った。狙いは違わず若者に命中し、若者の内臓が足もとに飛び散った。
 「これこそ」と若者が言った。「スキャサッフが私には教えてはくれなかった妖術だ。ああ悲しいかな、あなたに打ち負かされるとは!」
 「わしにも悲しいことだ」とクーフーリンは言って、若者を両腕に抱え上げると、アルスターの戦士たちの前へと運び、槍を己が子の身体から引き抜くと、静かに砂浜に置いて言った。
 「アルスターの戦士たちよ、これこそ吾が息子だ」(p.90-91)

ここではガイ・ボルガが「海中」で使われている。マイヤーが「ガイ・ボルガは水中でしか使えない」とした理由はこれで明らかだろう。一方、「これはスキャサッフがクーフーリンにのみ教えた妖術であった」との文言を素直に読めば、ガイ・ボルガは一種の術の名前であることになる。フェル・ディアド戦にあったような、戦車手ロイグから「ガイ・ボルガ」を手渡される、という場面もなく、戦いの後、クー・フリンが我が子の身体から引き抜くのも単なる「槍」で、「ガイ・ボルガ」とは呼ばれていない。



〈考察1:ガイ・ボルガは槍?術?〉

では、ガイ・ボルガは槍の名前なのか、それとも槍を使った技・術の名前なのか。冒頭で棚上げしたこの問題をもう一度考えてみよう。すでに見たとおり、『クアルンゲの牛捕り』では、槍の名前のように描かれ、『アイフェの一人息子の最期』では、術の名前のように描かれている。このような物語ごとに異なる「ガイ・ボルガ」の描かれ方が、混乱の原因なのではないだろうか。だとれば、これを無理に統合しようとすることにはあまり意味がないだろう。この点をふまえつつ、もう少しだけ考えてみたい。健部伸明は『神話世界の旅人たち ケルト・北欧篇』(1991)の脚注で、この問題について次のように述べている(以後この引用箇所を健部(a)と呼ぶ)。

ゲイ・ボルグ(Gae bolg)
意味は〈蛇腹状の投げ槍〉。一般的には〈三十の刺を持つ魔の槍〉と解されているが、わたしは槍を使った特殊な技だと思う。(p.52)

ここには根拠が示されていないが、これを術の名前とすべき材料がないわけではない。それは、スカータハは何故クー・フリンにだけ「ガイ・ボルガ」を与えたのか、という問題にかかわっている。フェル・ディアドやコンラも彼女の下で修行しているのだ。彼らが「ガイ・ボルガ」を得られなかった理由は何か。もし、「ガイ・ボルガ」が特定の槍を指す名前ならば、その答えは単純になる。クー・フリンに与えてしまったため、他の弟子には与えたくても与えられなかったのである。一方、「ガイ・ボルガ」を術の名前だとすると、それだけクー・フリンが特別だった、ということになり、英雄の超人性がより強調される結果になるだろう。「これこそ」「スキャサッフが私には教えてはくれなかった妖術だ」というコンラの台詞は、クー・フリンがそれだけ特別な存在であることを示すものとも読める。

では、「ガイ・ボルガ」は術の名前なのだろうか。結論から言うなら、私はそうは思わない。そもそも、特定の名前のついた伝説の「術」や「技」というのは、私の知る限り他に類例がない(私が知らないだけかもしれないが、「術」や「技」に名前がついているのは、ゲームや漫画、そうでなければ、相撲や柔道などスポーツ化した格闘技くらいではないだろうか)。一方、名前のついた「槍」ならば、ケルトの伝承の中にしばしば登場する。また、原書に当たっていないとはいえ、諸書に見える『クアルンゲの牛捕り』の「ガイ・ボルガ」の描き方は、「槍の名前」として疑いのないものである。そこで、私は次のように想像する。すなわち、スカータハが教えてくれたのは、「ガイ・ボルガ」という魔法の槍を使うための、その特殊な使い方だった。しかし、クー・フリンだけが教わることの出来たその「使い方」の方が強調されるあまり、後には「ガイ・ボルガ」という語が、まるでその「使い方」自体を指すかのように語る物語が生まれたのではないだろうか。



〈考察2:「ガイ・ボルガ」の語義〉

次に、「ガイ・ボルガ」の語義について考えてみよう。先に引用したように、マルカルによれば「ガイ・ボルガ(Gai bolga)」は、「雷の投擲」の意だという。一方、健部は、「ゲイ・ボルグ(Gae Bolg)」を「蛇腹状の投げ槍」の意としている。これは、綴りの相違にもとづく解釈の違いなのだろうか。

他書の記述を見ると、青木は、先に引用した「イーファのひとり息子の壮絶なる死」(1990)の全語義注注解で、"gae"を"spear"、"bulga"を"hag, sack"の意としている(p.(29))。"spear"が「槍」を意味することは言うまでもないが、"hag"は「醜い老婆、魔女」の意、"sack"は「大袋」の意だという(手元の『ライトハウス英和辞典〈第2版〉』参照、以下同じ)。(スカータハを魔女と考えれば)「魔女の槍」はまだしも理解できるが、「大袋の槍」だと意味が分からない。一方、エレノア・ハルの著書の一部を翻訳した、同じく青木義明訳の「翻訳 概説「クーリィの牛奪り」」(『静岡大学法経短期大学部研究紀要 法経論集』52, 1983.12)では、「ガ・ブールガ」に"gàl bwlga = a barbed spear"という注釈がついている(p.73)。"barbed"とは、「とげのある、悪意の」の意である。すなわち、「とげのある槍」の意で、至極真っ当な語義だが、"gàl bwlga"という綴りは他の文献と比べ、少々特殊である。

なお、アーサー・コットレルの『ヴィジュアル版 世界の神話百科』(1996原著/1999蔵持訳)、「スカーサフ」の項には、「クーフリンに戦闘用跳躍を教え、「ガイ・ボルガ(原槍)」と呼ばれる槍を与えている」(p.256)との記述がある。この「原槍」は、「ガイ・ボルガ」の語義ともとれるが、その意味が私にはよく分からない。「原初の槍」もしくは「原始の槍」の意だろうか。これに関連するかも知れない記述が、Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, 1992 の"Gae-Bolg"の項にあるので、最後に引用しておきたい。

Cúchulainn's famous "belly spear", which was given him by the female champion Scáthach, who taught him the martial arts. It made one wound when entering and opened into thirty barbs once in the body.(p.102)

日本語に訳すなら、こんな感じだろうか。「クー・フリンの著名な「腹槍」で、彼に武術を教えた女戦士スカータハによって彼に与えられたもの。それは刺し込まれる時には一つの傷しか作らないが、体内に入ると一度に三十のとげが開く」。気になるのは"belly spear"、すなわち「腹槍」である。これは後で見るように、この槍が相手の内臓をずたずたにすることを示しているのか、それとも健部の言う「蛇腹状」のような形状を示すものなのか、よく分からない。ただ、「原槍」よりは、こちらの方がまだ解釈の余地がある。『世界の神話百科』にみえる「原槍」は「腹槍」の誤植、という可能性もあるのではないだろうか。



〈考察3:ガイ・ボルガの性能と使用法〉

最後に、ガイ・ボルガの性能とその使用法について考えてみたい。「ガイ・ボルガ」が槍であれ、術であれ、それは具体的にはどのような槍、どのような術だったのだろうか。どんな使い方をし、どんな被害を敵に与えたのか。また、先に見たようにマイヤーは「水中でしか使えない」と述べているが、これは一般的な見解なのだろうか。まずは、私が出会った関連書籍の中で、ガイ・ボルガについて最も詳しい記述のあった James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, 1998 から、"Gáe Bulga"の項を引用しよう。

Terrible weapon of the Ulster Cycle, which entered the victim at one point but made thirty wounds within. Deeply notched and characterized by lightning speed, Gáe Bulga was made from the bones of a sea-monster killed in a duel with another monster of greater size. Although usually the possession of Cúchulainn, received from his female tutor Scáthach, Gáe Bulga also appears in the hands of other heroes. How it was used is still a matter of some conjecture. When Cúchulainn uses it to kill Ferdiad, he casts it from the 'fork of his foot', i.e. between his toes. Also used to kill Connla.(p.217)

英語は本当に苦手なのだが、ざっと訳せば次のようになるだろうか(誤訳があれば指摘して下さい…)。

「アルスター物語群に登場する恐ろしい武器で、一撃で犠牲者の仲間入りをさせ、体の中に三十もの傷を作ることが出来た。深い刻み目がつき、稲妻のようなスピードによって特徴付けられるガイ・ボルガは、より大きな別の怪物に決闘で殺された、海の怪物の骨で作られていた。通常はクー・フリンの持ち物とされるが、これは彼の女性教師スカータハから受け取ったもので、他の英雄が手にすることもあった。これがどのように使われたのかは、まだ多少の推測を必要とする問題である。クー・フリンがフェル・ディアドを殺すためにこれを用いる時、彼は"彼の足のフォーク"、すなわち足の指の間から投げつけている。また、コンラを殺すためにも使われた」。

注目したいのは次の四点である。まずは、(1)一撃で30の傷を与えることが出来るというその能力。次いで、(2)海の怪物の骨から作られた、という材質の問題。(3)足の指の間から投げる、という使い方も興味深い。さらに、具体的な名前は挙がっていないものの、(4)クー・フリン以外の英雄がその所持者になることもあるという。では、これら四点の記述を日本語の文献で確かめることは出来るだろうか。以下に、ケルトの神話・伝説関連の諸文献から、ガイ・ボルガの登場する部分を引用してみよう。なお、量が多いため特に問題となる文言に着色を施している。

◇八住利雄 『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)
 a.ゲー・ボルグの使い方というのは次のようにするのだった。その槍はまず、足をもって敵に投げつけるのだった。そして投げつけられた槍は敵軍の中にはいっていく。するとその槍から無数の鏃がとび出して、敵軍の一人残らずにつき刺さるのであった。(p.184)
b.が、その瞬間にクフーリンは、ゲー・ボルグをスカタから教わった通りに爪先ではさみ、ファーディア目がけて投げつけた。不思議な手練によって投げつけられた魔槍は、ファーディアが身につけていた鉄製のエプロンを突き破った。そしてファーディアの身体を守護していた磨石をも突き破った。魔槍ゲー・ボルグは、かくしてファーディアの身体の深くに突き刺さった。そしてそのあらゆる細胞の間隔へ、毒がまき散らされた。(p.255)
◇井村君江 『ケルトの神話』(1983/1990)
a.ゲイ・ボルグの槍は、すごい重さで、敵の陣地に投げられると、無数の矢じりが飛び出して、敵軍をやっつけるという不思議な魔法の槍ですが、ク・ホリンは死ぬときまで、この槍を手に戦うことになります。(p.178)
b.ク・ホリンは満身の力をこめて起きあがると、御者の投げた魔の槍ゲイ・ボルグを、指先にはさみ、ファーディアめがけて投げつけました。槍はあやまたず、鉄製の鎧を突き破り、ファーディアの身体に刺さってはじけ、中から出た三〇の矢じりはすべての細胞をひき裂いたのでした。(p.197)
◇健部伸明 『神話世界の旅人たち』(1991)
b.…スカーハはクー・フーリンにしか秘伝を教えなかった。それは、刺した相手の内臓をズタズタにする、ゲイ・ボルグという特殊な槍の使い方で、この差が、後に二人の運命を分けるのだ。(p.52)
◇ディロン 『古代アイルランド文学』(1948原著/1987訳)
これは、突き刺さるときは穂先は一本であるが、身体の中に入ると三○本もの穂先になる、という槍であった。(p.27)
◇ツァイセック 『図説ケルト神話物語』(1996原著/1998訳)
a.またスカーハハは怖るべき魔剣ガエ・ボルガをクーフランに与えた。これを一太刀あびれば、身体の中で傷が三十か所にもひろがるのだ。(p.48)
b.同じように、「トェン物語」では主人公のクーフランが「ガエ・ボルガ」を縦横無尽に用いる。これは恐るべき槍で、クーフランに武術を教えたスカーハハという魔法使いからプレゼントされたものである。(p.48―コラム「ケルトの武器」)
c.クーフランは傷がいたみはじめたので、一騎討を手早く片付けようと、あの恐ろしくも頼もしい槍「ガエ・ボルガ」を手に取りました。そして、残れる力をすべてふりしぼって、クーフランはロホの腹めがけて、水面をかすめるように槍を投げつけます。刺さった槍の穂先は無数に割れ、ロホの腹わたをずたずたに切り裂いてしまいました。(p.94)
d.クーフランの投げた必殺の槍が、水面をかすめるように飛んで来ます。ガエ・ボルガはもののみごとにフェルディアの鎧を突きやぶり、胴体を貫通しました。(p.110)
◇コットレル 『ヴィジュアル版 世界の神話百科』(1996原著/1999蔵持訳)
それは敵を突き刺した時点では単なる傷を負わせるだけだが、ひとたびその体内まで入ると、30もの棘(とげ)が開いて、敵の胃をずたずたにするのだった。(p.256)
◇ディレイニー 『ケルトの神話・伝説』(1989原著/2000訳)
a.唯一クー・フリンが優っているのは、ガイ・ボルガという名の空飛ぶ魔法の槍を持っていることだ。この名高い槍を足の爪先で投げつけるのである。(p.221)
b.クー・フリンは腰を曲げてこの短槍を掴み、伝授された作法に従って右足の爪先から槍を飛ばしたのだった。
 槍はフェル・ディアの鉄を打ち伸ばした前垂を突き抜け、石製の上着、一番下に着けていた絹のシャツまで貫いた。鎧は三つに引き裂かれ、槍は全身の血管と内臓を駆けめぐり、その隙間に大釘を残した。(p.227-228)
◇グリーン 『ケルト神話・伝説事典』(1992原著/2006訳)
また、彼は魔法の武器も持っており、そのなかにはゲイ・ボルグというかかり(逆とげ)をつけた槍もある。この槍は、スカサハが与えたものであり、この槍から傷を受けた者は誰も助からない。(p.100)

さて、まず(1)「一撃で30の傷」だが、これは多くの文献に見られる記述である。〈考察1〉で引用した健部(a)、〈考察2〉で引用したEllisの記述に見える他、井村(b)、ディロン、ツァイセック(a)、コットレルにも「30」という数字が現れている。また、ツァイセック(c)、ディレイニー(b)にも類似した文言が見られる。これらを記述は大きく分けると、刺さった瞬間に〔A〕鏃をまき散らすとするもの(井村(b)、ディレイニー(b))と、〔B〕穂先の展開・分裂を説くもの(Ellis、ディロン、ツァイセック(c)、コットレル)に分類することが出来る※3。そして、毒をまき散らすとする八住(b)は〔A〕のバリエーション、棘が附属しているだけだとする健部(a)やグリーンは〔B〕のバリエーションと考えることが出来るだろう。これらの異同の原因については、もとにした物語や写本が相違することももちろん考えられるが、一つ一つの単語の翻訳や解釈の仕方によるのかも知れない。

続いて、(3)「つま先で投げる」も、八住(a)及び(b)、ディレイニー(a)及び(b)に見ることが出来るので、『クアルンゲの牛捕り』の複数ある稿本のいずれかに、そのような記述があるのかも知れない。これは何とも不思議な使い方だが、サッカーボールで考えれば、手で投げるよりも足で蹴る方が威力が増す、ような気はする。命中精度を上げるのがかなり難しそうだが、だからこそ、スカータハから"コツ"を教わる必要があったのかも知れない。一方、「水中でしか使えない」のが本当だとすると、浅瀬で使おうとすれば、かなり低姿勢で投げなくてはならない。足を使った方が投げやすかった、という可能性もないことはない。

なお、(2)材質と(4)所持者については、今のところ、日本語文献に類似した文言を見つけることが出来ない。海の怪物の骨で作った、という説明は、「水中でしか使えない」という使用法の限定との繋がりを感じさせて興味深いが、翻って、「水中でしか使えない」ことから創り出された、後付けの設定の可能性もある。また、(4)の所持者について他に記述が見つからなかったのは、アルスター物語群、それも『クアルンゲの牛捕り』やクー・フリン中心だった私の調べ方が悪かったのかも知れない。今後の課題としたい。

その他、気になる記述を幾つか挙げておこう。まずは井村(a)の「すごく重い」という記述。これには何か典拠があるのだろうか。もしかしたら、クー・フリンにしか扱えない原因をその重さに見出しているかも知れない。ただ、他の文献では御者のロイグもこれを持ち上げているので、この解釈ではロイグまで怪力だということになってしまう。一方、ツァイセック(b)にある「魔剣ガエ・ボルガ」という表現は、これを「剣」とする新たな見解と言える。ツァイセックはもう一箇所、「はじめに」でも「魔剣ガエ=ボルガ」という表現を使っているが(p.6)、それ以外の箇所、例えば先に引用した(b)などでは「槍」としている。訳の問題だろうか。よく分からない。

最後に、マイヤーが指摘していた「水中でしか使えない」という使用法の限定について、もう一度触れておきたい。このような記述を、マイヤー以外に見ることは出来なかったが、使われている場面を見ると、確かに水のあるところばかりである。「そういう魔法なのだ」と言ってしまえばそれまでだが、古代アイルランドにおける戦闘に関する習俗など、何か特別な理由があるのかもしれない。ただ、槍を水中から出せないのだとすると、浅瀬では相手の足しか狙えなくなってしまう。水中から蹴り上げるように使うイメージだったのだろうか。なお、ディレイニー(c)及び(d)には「水面をかすめるようにして投げる」という記述がある。これはおそらく、「水中(水辺)でしか使えない」という使用法の限定を、著者なりに解釈したものだろう。人力飛行機が水面すれすれを飛ぶのを思わせるが、足を使ってこれをやるのはかなり難しそうだ。

※3 : 素朴な疑問として、〔A〕の鏃が飛び出すとする場合、繰り返し使うと「鏃切れ」になったりしないのだろうか。「魔法の槍だから大丈夫」と言ってしまえばそれまでだが、よく考えると、そもそもガイ・ボルガが連続して使用されることはない。一騎討ちでしか使用されない上、その一撃で相手は必ず死んでしまうのだから。一回ごとに鏃を詰め直している、と考えても良いわけである。少々格好悪いが。



〈ネット検索:「ゲイ・ボルグ」〉

◇調査日:2006/09/23
◇方法:Googleで検索
◇対象:ヒット数約 58,500 件、うち上位 100 件を集計

項目HIT内訳
コンピュータゲームに登場
(アニメ化後のアニメを含む)
6621ゲイボルグ『ファイナルファンタジーXI』(PS2・MMORPG・スクウェアエニックス・2002-)に登場する武器(槍)。
15ゲイ・ボルグ『Fate/stay night』(Win(CD/DVD)・ADV・TYPE-MOON/有限会社ノーツ・2004/2006,2006年にアニメ化)に登場する槍(ただし、実際に登場するのは「ゲイ・ボルク」らしいので、この場合「ゲイ・ボルグ」は誤記と言える)。
ゲイボルグ『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』(SFC・SRPG・任天堂・1996)に登場する武器(槍)。
竜騎槍ゲイボルグ『モンスターハンター』(PS2・ACT・カプコン・2004)、『モンスターハンターG』(PS2・2005)、『モンスターハンターポータブル』(PSP・2005)に登場する武器(ランス)。
ゲイボルグ『大航海時代 Online』(Win・MMORPG・KOEI・2005-)に登場するアイテム。
ゲイボルグ『ラグナロクオンライン』(Win・MMORPG・Gravity Corp./ガンホー・2002-)に登場する武器(槍)。
竜槍ゲイボルグ『ロマンシング サ・ガ2』(SFC・RPG・スクウェア・1993)に登場する武器(槍)。
魔槍ゲイボルグ『DRAGON WARCRY Rev.2』(Flash・ORPG・DRAGON BREARH(大羽アキラ)(フリーソフト)・2006-)に登場するアイテム(槍)。
ゲイ・ボルグ
ゲイ・ボルグII
ゲイ・ボルグIII
『Dread Nought』(Win・STG・小田朋(フリーソフト)・公開年不詳)に登場する戦艦(いずれも支援戦艦)。
ゲイボルグ『デビルサマナー ソウルハッカーズ』(SS/PS・RPG・アトラス・1997/1999)に登場する武器。
ゲイボルグ『偽典・女神転生 東京黙示録』(Win/PC98・RPG・アスキー・2002)に登場する武器(槍)。
ゲイボルグ『悪魔城ドラキュラ 蒼月の十字架』(NDS・ARPG・コナミ・2005)に登場する武器(槍)。
ゲイボルグ『フレースヴェルグ』(PS2・RCG・ガスト・2000)の設定資料(雑誌『ハイパープレイステーション2』1/26発売号掲載分)に登場する超出力光学兵器。
★ゲイボルグ(竜騎士 邪)『SPELLBOUND』(CGI(ソフトウェア版は開発中?)・RPG・花田圭介・1998)に登場。
魔槍ゲイボルグ『the Eternal Dream』(CGIゲームらしいが、2006/10/02現在、ネット上に当該ゲームの存在を確認できないため詳細不明)に登場する武器(スピア)。
★本家「ゲイ・ボルグ」1616ゲイ・ボルグ
ゲイボルグ
小説に登場地槍ゲイボルグ『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』の二次創作小説に登場。
ゲイボルグ『Fate/stay night』の二次創作小説(ギャグ)に登場。
商品名AK47クリムゾン ゲイボルグエアガン(電動ガン)(モケイパドック)。
その他ゲイボルグ脈略不明な武器を持った女の子のイラスト、の女の子が持っている武器の名前(名前は「ゲイボルグ」だが、アルスターの伝説とは別のオリジナル設定がついているらしい)。
ゲイボルグ『ドズル杯』というPBeMの一種?(『ファイアーエムブレム』のキャラクターや設定を使って各プレイヤーが組んだチーム同士を戦わせる対戦SLG)に登場する武器(元ネタは『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』)。
ゲイボルグカードゲーム『モンスター・コレクション2』のカード名(戦闘スペルカード(火の魔法))。
ゲイボルグ『ダービースタリオンP』(PSP・SLG・エンターブレイン・2006)において、(おそらくは)プレイヤーが自分の競走馬に付けた名前。
ゲイボルグ
真ゲイボルグ
TRPGリプレイ(ソードワールドルール)のPC(プレイヤーキャラクター?)紹介に登場するアイテム名(オリジナルか)。
ゲイボルグオンラインゲーム(おそらく『信長の野望Online』)におけるプレイヤーネーム。
ゲイボルグおそらくは『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』(もしくは『ファイアーエムブレム トラキア776』(SFC・SRPG・任天堂・1999(NITENDO POWER)/2000(ROM版))の二次創作小説(WEBドラマ?)に登場する武器だが、キャッシュしか残っておらず詳細不明。
合計100

まずカナ表記の問題だが、諸書によってかなりの相違を見せており、そもそもアルファベット表記自体、何種類かあるようだ。本ページではマイヤーの『ケルト事典』(2001訳)及びマルカルの『ケルト文化事典』(2002訳)に従って、「ガイ・ボルガ」を表題にあげているが、「ガイ・ボルガ」で検索してみたところ、685件しかヒットしなかった。そこで今回は、井村や健部が用いている「ゲイ・ボルグ」で調査を行った。他のカナ表記の検索結果は次の通り。問題は、「ゲイ・ボルグ」のように単語中に「・(中点)」が入ると、二語と認識され、「ゲイ」と「ボルグ」が別々に出てくるページまで検索されてしまうことである。「ガ・ブールガ」のヒット数が異様の多いのはそのためだと考えられるが、「ゲイ・ボルグ」に関しては、「ゲイボルグ」でもそれなりのヒット数を数えたため、特に意識せずとも問題ないと判断した。

検索日検索語HIT数
2006/09/23ガイ・ボルガ685
ゲ・ボルガ11,900
ゲイ・ボルグ58,500
ゲー・ボルグ19,300
ガイ・ブールガ4,470
ゲ・ブルガ853
ガエ・ボルガ75
ガ・ブールガ144,000
ゲイ・ボルク16,700
  
検索日検索語HIT数
2006/09/28ゲイ・ボルグ58,200
ゲイ・ボルク16,500
ゲイボルグ40,000
ゲイボルク11,200
ガイボルガ3,220

次に検索結果の具体的な中身を見てみよう。二次創作を含めれば、コンピュータゲームに関係するものが七割を超える結果となった。トップの『ファイナルファンタジーXI』をはじめとしてオンラインRPGが目立つが、より注目すべきは『Fate/stay night』というパソコンゲームだろう。「伝奇活劇ビジュアルノベル」を称するこのゲーム、成人指定がついているが、随分と人気があるらしく、2006年1月にはテレビアニメになっている。また、このゲームに実際に登場するのは「ゲイ・ボルク」らしいので、「ゲイ・ボルグ」はこの場合、誤記である。もしゲーム中に登場するのが「ゲイ・ボルグ」だったら、『ファイナルファンタジーXI』を抜いてトップになっていた可能性もあるだろう。

それにしても「ゲイ・ボルク」というカナ表記はどこから来たのだろうか。諸書に現れるカナ表記については、本ページ最上部にまとめてあるが、私の知る限り、「ゲイ・ボルク」というカナ表記を使っているケルト神話・伝説関係の文献は存在しない。複数あるアルファベット表記でも、最後の子音はいずれも"g"であり、普通に考えれば"ガ行"になると思うのだが…。『Fate/stay night』というゲームは、世界の神話・伝説から幾つもモチーフを取り入れているようだが、カナ表記はゲームオリジナルなのだろうか。

ちなみに、今回ヒットしたコンピュータゲームの中で、私がプレイした経験があるのは『ロマンシング サ・ガ2』(1993)だけである。このゲームには「竜槍ゲイボルグ」という名前でこの槍が登場するが、この武器でしか使えない「下り飛竜」という技があり、名前のカッコ良さも手伝って随分使ったものだ。ただ、「ゲイ・ボルグ」の伝説と竜にはあまり関係がない。私の知る限り、「ゲイ・ボルグ」の持ち主クー・フリンには竜退治のエピソードがないのである。そのため、どうして「竜槍」なのか、という疑問が残るが、これは同じスクウェアから出ている『ファイナルファンタジー』シリーズで、槍が「竜騎士」と呼ばれる職種の武器とされたことが、関係しているのかも知れない。「下り飛竜」という技も、「ジャンプ」を得意とする同シリーズの「竜騎士」に通じるものがある。『モンスターハンター』(2004)が「ゲイ・ボルグ」を「竜騎槍」と呼んでいるのも、この『ロマンシング サ・ガ2』か、もしくは『ファイナルファンタジー』シリーズの影響と考えれば、一応納得できる。

一方、コンピュータゲーム関連以外で、唯一3件以上ヒットしたのは、電動ガンの商品名だった。私はこの分野?に疎かった(今も疎い)ので、この活用法は予想外だった。モデルガンやエアガンは、現実の武器でも、データだけの存在であるゲーム上の武器でもない。物理的に存在するものでありながら、武器としては架空のものである。このような存在に、神話・伝説上の武器の名前を与える、というのは悪くいないやり方だろう。

また、クー・フリンの持つ槍としての言わば、本家「ゲイ・ボルグ」に言及するページは(当サイトを含めて)16件ヒットした。「ゲイ・ボルグ」はクー・フリンの槍である、という本来の伝承もそれなりに知られていると見てよいだろう。なお、クー・フリンは「ゲイ・ボルグ」によって命を落とす、とする言説が、これら本家「ゲイ・ボルグ」を扱う複数のページで確認された。マイヤーの『ケルト事典』(2001訳)によれば、クー・フリンの死を描くのは『クー・フリンの最期』である。その再話とみられるものは、八住の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)、井村の『ケルトの神話』(1983/1990)、健部の『神話世界の旅人たち』(1991)、ツァイセックの『図説ケルト神話物語』(1998訳)で読むことが出来るが、いずれの書にも、当該場面に「ゲイ・ボルグ」の名はない※4

ちなみに、伝説とのつながりを重視するなら、カードゲーム『モンスターコレクション2』が「ゲイボルグ」を「火属性」としているのは疑問である。どちらかと言えば、水との関連が深そうだからだ。その観点から言うと、ネットワーク艦隊戦ゲーム『Dread Nought』がこれを戦艦の名前としているのは「上手い」と言える。今後は、「足で投げる」という点を重視して、サッカー漫画やサンジ※5の技名などへの展開を期待したい。

最後に約 40,000 件というヒット数から、この武器の知名度を考えてみよう。下の表を見ていただきたい。これは、ヒット数の多そうな他の武器名と比較したものである。「HIT数」に数字が二つあるが、右は「ウェブ全体から検索」の検索結果、左は「日本語のページの検索」の検索結果である。通常は前者だけで事足りるのだが(検索対象がカタカナなら、いずれにしても日本語のページしかヒットしないため)、今回は後者で考察を進めたい。理由はご覧の通り、他の検索語が二つの数字の間にわずかな差しかないのに比べ、「莫耶」では十倍以上の差がついてしまったからである。これは中国語のページが数多くヒットしたからだと思われる。

検索日検索語HIT数
2006/09/28エクスカリバー388,000394,000
デュランダル299,000304,000
グングニル117,000120,000
バルムンク42,50044,000
ゲイボルグ39,70040,300
草薙の剣36,70037,400
ミョルニル36,40036,800
莫耶16,100237,000

最初に注意していただきたいのは、これが"武器名ベスト8"というわけではない、ということである※6。すべての武器名を検索してみたわけではなく、こちらで幾つかピックアップして検索しただけだからだ。ただ、エクスカリバーを超えるような神話・伝説上の武器はおそらく存在しないだろう。日本において知名度でこれに勝てる武器は存在しないと思われる。

これまでの調査結果をふまえるなら、エクスカリバーは映画、デュランダルは競馬、グングニルは音楽と、コンピュータゲームとは異なる需要層にもその名が浸透している。ほぼコンピュータゲームのみで、このヒット数なら大したものだろう。『Fate/stay night』というゲームに関するページに、「ゲイ・ボルグ」という「誤記」が一定程度広まっているのも、その知名度に拠るものだと考えられる。他のゲーム等によって、「ゲイ・ボルグ」のカナ表記が広まっていなければ、このような現象は起きていないはずだからだ。

※4 : では、どうしてそのような言説が生まれたのだろうか。直接の典拠が何かあるのかもしれないが、先に挙げた諸書を読むことで、ある程度は想像がつく。すなわち、八住や健部の再話でクー・フリンに致命傷を負わせるのは、彼自身の槍なのである。この槍を(そうは明言されていないが)ガイ・ボルガと解釈したのだろう。ただ、私はこの解釈に否定的である。理由は次の通り。第一に、ガイ・ボルガならクー・フリン以外には投げられないはずである。第二に、クー・フリンの使う槍がすべてガイ・ボルガだというわけではない。例えば、八住の語るフェル・ディアド戦において、クー・フリンがガイ・ボルガを使うのは四日目になってからで、一日目と二日目は普通の槍(三日目は剣)で戦っている。また、この挿話は諸書による異同が大きく、井村とツァイセックの再話でクー・フリンに致命傷を負わせるのは、彼自身の槍ではない。

※5 : 尾田栄一郎のマンガ『ONE PIECE』に登場するキャラクター。主人公が船長をつとめる海賊団のコック。戦闘では商売道具である手を使わず、足技を得意とする。

※6 : なお、同じ9月28日の検索結果なのにも関わらず、「ゲイボルグ」のヒット数が上記、カナ表記別一覧表のもの異なるのは、検索した時刻が異なるためである。カナ表記別一覧にある"40,000"は、日付が変わってすぐの深夜のヒット数。"40,300"はお昼頃のヒット数である。また、「ミョルニル」に関しては、「ミョッルニル」ではたったの 417件。「トールハンマー」では「バルムンク」を凌ぐ 64,300件だった。「草薙の剣」は、「草薙剣」では 24,400件、「天叢雲剣」では 17,800件(いずれも日本語のページのみの検索結果)。いずれもヒット数の多いものを優先して表中に挙げたが、「トールハンマー」は厳密には武器固有の「名前」ではないため除外した。

[付記] : ページを終えるにあたって、クー・フリンに対する個人的な雑感を。
 クー・フリンは悲劇のヒーローである。親友を殺し、我が子を殺して、自らも若くして殺されてしまう。松村賢一によれば、本国アイルランドで最も人気がある英雄は、クー・フリンではなく、フィン・マク・クウィルだそうだが(『ケルト 口承文化の水脈』p.18)、日本で人気投票をすれば、クー・フリンに軍配が上がることは確実だろう。これは、ケルト関連の邦書が取り上げる頻度と、それに連動した知名度にも拠るが、源義経、忠臣蔵、新撰組、そして『フランダースの犬』の大好きな日本人のことである。たとえ知名度が同程度であっても、フィンよりクー・フリンに好感を持つ人間が多いに違いない。
 クー・フリンを描く物語には胸を打つものが多い。まずは、先に引用した我が子に致命傷を与えてしまう場面。何を言っても蛇足になりそうだったので、本文では触れなかったが、この場面は良い。マイヤーはクー・フリンが我が子とは知らずに殺してしまうような書き方をしているが、青木訳を読む限り、クー・フリンは戦いの相手が我が子であることは十分承知していたはずである。戦いに行こうとするクー・フリンに対し、妻エウェル(青木訳ではエヴァ)が「行くのはお止めなさい」「あそこにいるのはあなたの息子なのです」とはっきり忠告しているのだから(p.89)。にもかかわらず、クー・フリンは名誉のために戦いに行くである。
 フェル・ディアドとの一騎討ちを終えた場面では、ツァイセックによるクー・フリンの最後の台詞が格好良い。「昨日フェルディアは山よりも堂々としていた。でも今日はどうだろう。あるのはただ影ばかりではないか」(p.110)。クー・フリン自身の最期を描く場面では、井村による物語の締め方が泣かせる。瀕死のクー・フリンは、横になって死ぬより立ったままで死にたいと、石柱に自らの身体をくくりつける。そのまわりを敵軍が囲むが、そこに一度は戦場を離れた愛馬マッハが戻ってきて、敵軍を蹴散らすのである。クー・フリンの命が尽き、敵に首を取られてすべてが終わった後のこと。「マッハは、愛するク・ホリンのそばに寄ると、胸の上にその頭をのせました。その目からは黒い涙が落ちました」(p.204)。
 以上、宣伝終わり。皆さん、ケルトの神話・伝説関連書籍を読み、そして買いましょう。いつか、『クアルンゲの牛捕り』の全訳が出版されることを願って。


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2004/09/06:初版
2006/11/02:本文を全面的に改訂。〈ネット検索〉を追加。
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