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クラウ・ソラス(Claimh Solais

分類神剣
語意・語源「光の剣」「炎の剣」(健部)、"sword of light"(MacKillop)
系統トゥアハ・デ・ダナン神話
主な出典??
参考文献 ◇健部伸明と怪兵隊 『虚空の神々』 新紀元社、1990.5
◇八住利雄編 『世界神話伝説体系40 アイルランドの神話伝説〔I〕』 名著普及会、1981.2(1929.3)
◇E.トンヌラ、G.ロート、F.ギラン(清水茂訳)『ゲルマンの神話―ゲルマンとケルトの神話―』 みすず書房、1960
◇三宅忠明 『スコットランドの民話』 大修館書店、1975.12
◇吉田敦彦ほか 『世界の神話伝説・総解説』 自由国民社、改訂増補版2002.7(初版1982.2か)
◇井村君江 『ケルトの神話』 筑摩書房、1990.3(1983.3)
◇プロインシァス・マッカーナ(松田幸雄訳)『ケルト神話』 青土社、1991.7
◇J.ジェイコブズ編(小辻梅子訳編)『ケルト妖精民話集』 社会思想社、1992.6
◇大林太良ほか編 『世界神話事典』 角川書店、1994.1
◇小辻梅子訳編 『ケルト魔法民話集』 社会思想社、1995.6
◇田中仁彦 『ケルト神話と中世騎士物語 「他界」への旅と冒険』 中央公論社、1995.7
◇マイケル・ジョーダン(松浦俊輔ほか訳)『主題別事典 世界の神話』 青土社、1996.1
◇M.J.グリーン(市川裕見子訳)『ケルトの神話』 丸善、1997.5
◇ヤン・ブレキリアン(田中仁彦、山邑久仁子訳)『ケルト神話の世界』 中央公論社、1998.7
◇鶴岡真弓、松村一男 『図説 ケルトの歴史 文化・美術・神話をよむ』 河出書房新社、1999.8
◇アーサー・コットレル(松村一男ほか訳)『ヴィジュアル版 世界の神話百科』 原書房、1999.10
◇吉田敦彦編 『世界の神話101』 新書館、2000.6
◇フランク・ディレイニー(鶴岡真弓訳)『ケルトの神話・伝説』 創元社、2000.9
◇イヴ・ボンヌフォワ編(金光仁三郎主幹)『世界神話大事典』 大修館書店、2001.3
◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修、平島直一郎訳) 『ケルト事典』 創元社、2001.9
◇ジャン・マルカル(金光仁三郎、渡邉浩司訳)『ケルト文化事典』 大修館書店、2002.7
◇ジェレマイア・カーティン(安達正、先川暢郎訳)『アイルランドの神話と民話』 彩流社、2004.1
◇James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998
※スペルは、健部伸明と怪兵隊の『虚空の神々』(p.58)による。

◆魔剣クラウ・ソラス

健部伸明と怪兵隊の『虚空の神々』(1990)によれば、クラウ・ソラス(Claimh Solais)はアイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナーン(Tuatha Dé Danaan)の王ヌァザ・アーケツラーヴ(Nuadha Aíget-lámh)の持つ輝く剣である。その名は「光の剣、炎の剣」を意味するという。以下、同書からこの剣に関する記述を引用しよう。

 その姿は全身を輝く鎧に身を包んだ戦士で、「クラウ・ソラス(Claimh Solais - 炎の剣、光の剣)」と呼ばれる輝く剣を身につけていました。クラウ・ソラスは呪文が刻んである魔剣で、一度鞘から抜かれたら、その一撃から逃れられる者はいない不敗の剣であるとも伝えられています。そしてまた、北方にある神秘島のフィンジアス(Findias)市からもたらされた、エリン四至宝のうちの一つでした。
  (p.58―「銀の腕の王ヌァザ・アーケツラーヴ」の項)
 フィンジアス(Findias)の都には、ウスキアス(Uscias)の守る、魔剣「クラウソラス(Claimh Solais - 炎の剣、光の剣)」がありました。抜けば光を放って敵を眩惑するこの剣は、後に神々の王ヌァザの所有物となります。
  (p.91―「神々のドルイドの長モールフィース」の項)

ちなみに、健部は四つの都にあった四つ宝をすべて挙げているので、それを以下にまとめておきたい。左から、宝物名、宝物のあった都の名前、守護者の名前、継承者の名前である(p.91-92)。

宝物名守護者継承者
魔剣クラウ・ソラス(Claimh Solais)フィンジアス(Findias)ウスキアス(Uscias)神々の王ヌァザ
魔の釜「尽きざるもの」ムリアス(Murias)セーウィアス(Semias)父神ダーザ
魔槍ブリューナク(Brionac)ゴリアス(Gorias)エスラス(Esras)光の神ルー
戴冠石リア・ファル(Liath Fail)ファリアス(Falias)ドルイドの長モールフィース(Mórthís代々の王

◆不敗の剣?

井村君江の『ケルトの神話』(1983/1990)によれば、ヌァダは「不敗の剣」(p.72)、もしくはフィンディアスの町からもたらされた「ひとふりで敵を倒し何者にも破れぬ『魔剣』」(p.70)を持つとされているが、その名称は明らかではない。同様に、四つの宝物のうちの一つとして、ヌァザの剣を挙げている文献は多い。ただし、どれも剣の名称は明らかになっていない。以下にその例を挙げよう。

◇吉田敦彦 『世界の神話伝説・総解説』(1982/2002)
三番目の宝はヌアドゥ神の剣で、一度鞘から抜かれると、どんな敵もけっしてそれから逃れることができなかった(p.49)
◇松村一男 『世界神話事典』(1994)
第三の宝はヌアドゥ神の剣で、どんな敵も逃れることができなかった(p.414)
◇田中仁彦 『ケルト神話と中世騎士物語』(1995)
誰も抗することのできないヌアザの剣(p.63)
◇マッカーナ 『ケルト神話』(1968原著/1991松田訳)
誰も逃れることの出来ないヌアザの剣(p.112)
◇ディレイニー 『ケルトの神話・伝説』(1989原著/2000鶴岡訳)
誰ひとり逃れることも隠れることもできない、どんな敵も探しだして皆殺しにしてしまう〈ヌアドゥの剣〉(p.43)
◇ジョーダン 『主題別事典 世界の神話』(1993原著/1996西脇訳)
戦いの神ヌアダの剣(p.262)
◇グリーン 『ケルトの神話』(1993原著/1997市川訳)
何人とも逃れることのできないヌアの剣(p.23)
◇コットレル 『ヴィジュアル版 世界の神話百科』(1996原著/1999蔵持訳)
相手に致命的な一撃を加えることのできる、偉大な指揮官ヌアザの魔法の剣(p.261)

一方、八住利雄の『アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)は「ダーナの人々の財宝」の一つとして「一度も負けたことがないという剣」を挙げているが、ただ一書、これは長腕のルフのものであるとしている(詳細は下記〈考察:エリンの四秘宝について〉参照)。



〈考察:「ヌァザのではない」クラウ・ソラスとヌァザの「カラドボルグ」〉

別の問題もある。マルカルの『ケルト文化事典』(2002)は「トゥアタ・デ・ダナンの魔法の剣で、ヌアドゥ王の持っていた」剣として、クラウ・ソラスではなく、「カラドボルグ(Caladborg)」を挙げているのである。しかも、この剣について「トゥアタ・デー・ダナンが、世界の北方の群島から持ち帰った4つの魔法の品の1つである」と明言している(p.28)。この「カラドボルグ」、アルスター伝説群に登場する英雄フェルグスの剣とされるのがより一般的なようだが、ヌアドゥ(ヌァザ)の所持していた剣が、のちにフェルグスの手に渡ったのだとしても矛盾はない(詳細は「カラドボルグ」の項参照)。

さらに、もう一書見ておきたいのは、James MacKillop の Dictionary of Celtic Mythology (1998)である。同書には、"Claidheamh Soluis, Claíomh Solais"という項目があるのだが、ここには逆に神ヌァザの名前が登場しないのだ。その冒頭を引用すると"A symbol of Ireland attributed, in oral tradition, to Cuchulainn."(p.80) つまり、クラウ・ソラスは「アイルランドのシンボルであって、口承ではクーフリンのものとされる」といった意味である(と思う)。つまり、クラウ・ソラスという剣は確かに存在するようだが、その所持者がヌァザであったかどうかは確かめられないのである。


〈考察:「エリン四至宝」の出典は?〉

以下、トゥアタ・デー・ダナンの四つの宝物を、健部(1990)に従って「エリン四至宝」と通称する。この「エリン四至宝」の出典は、どこにあるのだろうか。先に引用したジョーダンの『主題別事典 世界の神話』(1996松浦他訳)は、この「エリン四至宝」の逸話を含む物語に、「モイトゥラの二度の戦い(カハ・マグ・トゥレド)」という表題をつけている。その解題によれば、物語の出典は「まとめて『レバ・ガバーラ』(侵略の書)と呼ばれている、今では失われた、いくらあるかも不確かな写本に伝えられている口承を記録したもの」にあるという(p.261)。この『レバ・ガバーラ』について、マイヤーの『ケルト事典』(2001平島訳)は、「『アイルランド来寇の書』 Lebor Gabála Érenn」の名で項目を立てており、「11世紀に創作された虚構のアイルランド史書」との説明がある(p.4)。

盛節子の「『アイルランド侵入の書』考(1)」(1993)という論考によれば、『侵入の書』(Leabhar Gabhála)とは、「ゲール民族に至るアイルランド侵入諸族とノルマン侵略までの王権の系譜を、初期中世アイルランドの伝承叙述と歴史編纂の規範を踏んで、「ノアの大洪水」以来の聖書的人類史を起点に辿った書」である(p.57)。そのテキストとしての原型は、ネンニウス(Nennius)による Historia Brittonum (830年頃)に認められる。その後、12世紀までに個別に発展した内外の伝承、写本及び旧約聖書を枠組みとして再構築され、中世時代の4校訂版を経て、1631年にM.オクレリー(Micheal O'Cleirigh)による最後の校訂版に集大成されるという。

盛は、その全体像を再現したR.A.S.マカリスター(R.A.Stewart Macalister)編纂・英訳の Lebor Gabala Erenn, The Book of the Taking of Ireland, 5 Vols (1938-1956)をもとに、『侵入の書』の構成と内容を概要を要約しているが、そこに「エリン四至宝」に関する記述も含まれている。盛の要約に従って、『侵入の書』の構成を示すと、次のようになる(p.58-64)。

1.ノアの子孫としてのゲール民族の起源と系譜、エジプト脱出からスペイン征服までの彷徨
  (1) 導入部:創世記1-11章までの翻訳・注解
  (2) ゲール民族(Gaedil)の起源と系図
  (3) ゲール人の彷徨
2.アイルランド侵入諸族
  (1) 導入部:ゲール以前のアイルランド侵入諸族を列挙
  (2) 大洪水前
  (3) パルソローン
  (4) ネメド
  (5) フィル・ボルグ
  (6) トゥアサ・デ・ダナン
      1 神一族の侵入(Tuath nDé)
      2 トゥアサ・デ・ダナンの王権
  (7) ゲールの子孫ミールの息子達のアイルランド侵入と支配
3.アイルランド王国とターラ王権系図
  (1) キリスト教伝来以前の王権
  (2) キリスト教以後の王権

マカリスターは全体を9節に分けていると言うが、盛は内容的に三部に大別している。その第2部、★印で示した箇所に、「エリン四至宝」に関する記述が含まれている。その部分を盛の論考から引用しよう。

 トゥアサ・デ・ダナンが知識を学んだ四つの都市、そこから持ってきた四つのお守り、即ちファール・モール、ログの槍、ヌアドゥの剣、ダグダの大釜、彼等を指導した4人の智者の伝説。(p.62)

したがって、「エリン四至宝」の出典は、『侵入の書』にあると見て間違いない。しかし、その主要な写本に、ヌァザの剣の名称は記載されていなかったものと思われる。そうでなければ、多くの文献がその名を記さない理由が説明できないからだ。では、「クラウ・ソラス」という名称は何なのか、という問題だが、残念ながら健部が何を直接の典拠としたのかは未だ判明していない。しかし、まったく根拠のないことを書いたとも考えにくい。健部はクラウ・ソラスの意味を「光の剣」とし、MacKillopも"sword of light"としているが、「光の剣」というアイテムは、ケルトの民話の中にしばしば登場する(下記〈おまけ〉参照)。そのため、口承の民話や近代の再話の中で、ヌァザの剣を「光の剣(クラウ・ソラス)」とする場合があったことは十分に考えられる。「カラドボルグ」の場合も同じようなものだろう。以下、要継続調査。


〈注意!:本ページは修正中です。〉

そのため、誤植・矛盾・悪文等々が放置されている可能性があります(まあ、他のページも似たようなものですが…)。完成日は未定です。

 

〈考察:エリン四秘宝について〉

◆宝物名と継承者
 アイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナーンは、エリン(アイルランド)に侵入する前、魔法の島で魔術を学び、その島の四つの町から四つの魔法の道具を持ってきたといわれている。これは多くの文献にあるエピソードだが、神名や地名の読み方の微妙な違いとともに、継承者など基本的な事項も本によって多少異なっている。以下にこれを整理してみた。四つの道具とは簡単に言えば、石、剣、釜、槍であるが、まずは石と釜について見てみよう。ただし、石に関しては、特定の継承者を挙げている文献がないため、これを省略している。

宝物名(石)町の名宝物名(釜)町の名継承者
1リア・ファイル(Lia Fail)
 すなわち「運命の石」
フアリアス
(Falias)
「魔の食器」ムリアス
(Murias)
2ファールの《運命の石》ダグデの大鍋ダグデ
3「リア・ファイル」/「運命の石」ファリアス「魔の釜」ムリアス大地と豊饒の神ダグダ
4戴冠石リア・ファル
(Liath Fail - 運命の石)
ファリアス
(Falias)
魔の釜「尽きざるもの」ムリアス
(Murias)
父神ダーザ・モール(Dagdha Mór)
5ファルの石ダグザの大鍋ダグザ
6ファールの聖石ダグダ神の所有する大鍋魔法と祭祀の神ダグダ
7ファルの石ダグザの大鍋「すべての父(Eochaid Ollathir)」なる神ダグザ
8ファールの聖石ダグダの大釜大地と豊饒の神ダグダ
9リア・ファイル(運命の石)最高神ダグダの巨大な釜最高神ダグダ
10フォールの石ダグダの大釜ダグダ
11聖なる石リア・ファイルファリアスダグザの大釜ムリアス父なる神ダグザ
12リア・ファルダグダ(ダグザ、ダウダ)の大釜ダグダ(ダグザ、ダウダ)
13ファールの石無尽蔵の大鍋神々の父ダグザ(Dagda)
14ファールの石ファリアスダグダの大釜ムリアスダグダ
15運命の石全能の神ダグダの大釜全能の神ダグダ

石は原語では「リア・ファル(リア・ファイル)」といい、日本語では「運命の石」というらしい。これに関しては、記述の乱れはほとんどない。釜の方は、名前を挙げているのは健部のみで、その名は「尽きざるもの」というらしい。継承者は父神ダグダ(ダーザ、ダグデ、ダグザ、ダウダ)である。問題は剣と槍だ。

宝物名(剣)町の名継承者宝物名(槍)町の名継承者
1一度も負けたことがないという剣ゴリアス(Gorias)長腕のルフ(Lugh)「魔の槍」フィニアス(Finias)
2ヌアーダの剣王ヌアーダルーグの槍《すべての技芸の主》ルーグ
3「魔剣」フィンディアスダーナ神族の王ヌァダ「魔の槍」ゴリアス光の神ルー
4魔剣クラウ・ソラスフィンジアス(Findias)神々の王ヌァザ・アーケツラーヴ魔槍ブリューナク(実際には「タフルム」と呼ばれるスリング用の弾丸)ゴリアス(Gorias)光の神ルー・ラヴァーダ(Lugh Lámhfhata)
5ヌアザの剣ヌアザルーグの槍ルーグ
6ヌアドゥ神の剣トゥワサ・デー・ダナンの王ヌアドゥルグ神の武器の槍万能の最高神ルグ
7ヌアザの剣王ヌアザルーグの槍若き神ルーグ
8ヌアドゥ神の剣ダーナ神族の王ヌアダルー神の槍長腕のルー
9戦いの神ヌアダの剣ヌアダ・アーガトラムクー・ホリンの父ルーの槍ルー・ラーヴファダ
10ヌアの剣ヌアルーの槍ルー
11ヌアザの剣フィンディアスダナ神族の王ヌアザ・エルギュラヴルーグの大槍ゴリアス光輝の神ルーグ
12ヌアズ(ヌアダ、ヌアザ)の剣ヌアズ(ヌアダ、ヌアザ)ルー(ルーグ)の槍ルー(ルーグ)
13魔法の剣偉大なる指揮官ヌアザ(Nuada)太陽神ルーの槍ないし投石器太陽神ルー(Lugh)
14ヌアダの剣フィンディアストゥアタ・デーの王「銀の腕の」ヌアダ無敵の槍ゴリアス「万能の」ルグ
15ヌアドゥの剣ダヌ族の王ヌアドゥ軍神ルグの輝く槍軍神ルグ

なお、表はどちらも上段から順に

  1. 八住利雄編『世界神話伝説体系40 アイルランドの神話伝説〔1〕』1981
  2. E.トンヌラ、G.ロート、F.ギラン(清水茂訳)(該当箇所はロートとギラン)『ゲルマンの神話』1960
  3. 井村君江『ケルトの神話』1990(1983刊の文庫版)
  4. 健部伸明と怪兵隊『虚空の神々』1990
  5. プロインシァス・マッカーナ(松田幸雄訳)『ケルト神話』1991
  6. 大林太良ほか編(該当箇所は松村一男)『世界神話事典』1994
  7. (該当箇所は吉田敦彦)『世界の神話伝説・総解説』2002(改訂増補版)
  8. 田中仁彦『ケルト神話と中世騎士物語』1995
  9. マイケル・ジョーダン(該当箇所は西脇和子訳)『主題別事典 世界の神話』1996
  10. M.J.グリーン(市川裕見子訳)『ケルトの神話』1997
  11. ヤン・ブレキリアン(田中仁彦、山邑久仁子訳)『ケルト神話の世界』1998
  12. 鶴岡真弓・松村一男(該当箇所は松村)『図説 ケルトの歴史 文化・美術・神話をよむ』1999
  13. アーサー・コットレル(該当箇所は蔵持不三也訳)『ヴィジュアル版 世界の神話百科』1999
  14. 吉田敦彦編(該当箇所は辺見葉子)『世界の神話101』2000
  15. フランク・ディレイニー(鶴岡真弓訳)『ケルトの神話・伝説』2000

の記述に従っている。一見して分かるように、八住のみ剣と槍が入れ替わっている。別の資料によったのか、もしくは単なる誤りか。この本が昭和2〜4年近代社発刊の『神話伝説体系』の復刊であることを考えると、資料不足等々による誤りと考えるのが妥当かもしれない。なお、「槍」の名称にみられる混乱については、「ブリューナク」の項で詳しく述べている。それにしても、ケルト神話の神々に関するカナ表記が如何に統一されていないかが、この表一つでよく分かるのではないだろうか。

◆どんな剣?/どんな槍?
 別の角度から見てみよう。それぞれの文献は、剣と槍をどのように形容しているだろうか。各々の武器の能力、それは武器好きにとっては重要な部分だが、神話全体から見ると取るに足らない部分だろう。したがって、資料によらず著者の独創で書いていたり、意訳していたりしてもあまり問題にならないだろうし、民話になれば様々なバリエーションが生まれる可能性もある。とにかく強そうな形容をしておけば、格好はつくからだ。(数字は上記の文献表による)

剣に対する形容槍に対する形容
1一度も負けたことがない
3ひとふりで敵を倒し何者にも破れぬ
4抜けば光を放って敵を眩惑する/一度鞘から抜かれたら、その一撃から逃れるものはいない投げると稲妻となって敵を死にいたらしめる/持っているかぎり、決して打ち負かされない
5誰も逃れることの出来ない勝利を保証する
6どんな敵も逃れるができなかったこれに勝つものはなかった
7一度鞘から抜かれると、どんな敵もけっしてそれから逃れることができなかったこれと戦って勝つことのできるものはなかった
8誰も抗することのできないそれを持つものは決して敗れることのない
10何人も逃れることのできない必ず勝利をもたらす
11必ず敵を倒す必ず狙った的を貫く
12誰も逃れることができない勝利を保証する
13相手に致命的な一撃を加えることのできる
14何人もそれから逃れることのできない無敵の
15誰ひとり逃げることも隠れることもできない、どんな敵も探しだして皆殺しにしてしまうひとたびこれを投げれば、ルグの戦士たちに必ず勝利がもたらされる

剣については、「逃れられない」という不可避性を挙げた文献が8つ(4・5・6・7・10・12・14・15:ただし6・12は同一の著者)、槍については「必ず勝てる」という必勝性を挙げた文献が4つある(5・10・12・15)ことが分かるだろう。どの文献もそれぞれにお互いを参照している可能性があるので、先駆者を踏襲しただけである可能性もあるが、どちらにせよ「現代日本では」、ヌアザの剣は「誰も逃れることが出来ない」と言われており、ルーの槍は「必ず勝利をもたらす」と言われている、と言って間違いないようだ。ちなみに、健部の記述は他のものより圧倒的に詳しく、他の参照だけでは説明がつかない。著者の独創である可能性もあるが、参考文献表の充実などから考えると、他の文献とは別の資料にあたった可能性が高いのではないかと思う。

◆彼らは何処から来た?
 トゥアハ・デ・ダナーンは何処からこれらの宝物を持ってきたのか。四つの町は何処にあるのか。この問題に関して、健部、マッカーナ、吉田、田中、ジョーダン、ブレキリアン、コットレル、ボンヌフォク、マルカルが、四つの町(都市)は北方にあるとしているのに対し、井村は「南の島の神秘の四つの町」からこれら「魔法の力のある道具」を持ってきた、と一人南方説を唱えている(p.70)。一方、ロート&ギランは「《西方の島々》から」(p.142)としており、どれが正しいやら…。ロート&ギランは、40年以上前の、しかもゲルマン神話を主体にした資料であることを考えると、誤りである可能性もある。井村の方は別の資料にあたったのだろうか。



〈おまけ:「それはおれのものだ。おまえは死ね」〉

ケルトの民話には、「光の剣」というアイテムが時折登場する。私の知っている限りでは、『スコットランドの民話』(1975)所収の民話「キティの働き」、『ケルト妖精民話集』(1992)所収の「モラハ」、「うすのろと王子たち」、『ケルト魔法民話集』(1995)所収の「ケルト海竜物語」(p.232、236、252)にその名が見える。これらの民話にあらわれる「光の剣」が、神々の王ヌァザの剣としてのクラウ・ソラスと直接関係のあるものだとは思えないが、『アイルランドの神話と民話』(2004)所収の「クーハラン」に、ごく普通の人間の騎士としてあらわれるルーグ・ロングハンド(明らかに長腕のルーのこと)と同様に名前だけが残ったという可能性もあるだろう。名前だけであっても「語り」の中に残るということは、なかなかすごいことだと思う。

ちなみに、上記の民話中、「キティの働き」と「うすのろと王子たち」の「光の剣」の登場場面のプロットは非常によく似ている。そもそもケルトの民話集を幾つも読んでいると、似たようなプロットの民話に出会うことがよくあるが、それが民話を読む楽しみの一つなのである。ちょっと筋が違うだけで驚いたり、細部の描き方で印象が変わるのを楽しむといったマニアックな楽しみ方が、読めば読むほど出来るようになる。例えば、先の「ケルト海流物語」で感動したのが、表題に挙げた「主人公の」台詞。

「それはおれのものだ。おまえは死ね」(p.218)

まるっきり悪役の台詞である。この民話そのものは、複数の民話を無理につなげて膨らませたようなもので、この台詞の出てくる部分も類話をどこかで読んだ記憶があるのだが、この台詞には驚いた。民話には、描写が簡潔で、登場人物の台詞もそっけないものが多いのは確かなのだが、これほどのものは滅多に見られないような気がする。筋を知っているために安心して読んでいると、突然「ボディーブロー」を食らったりする。民話を読む楽しみ、理解していただけただろうか?


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2004/10/31:「カラドボルグ」に関する記述を別ページに分離、それにともない加筆修正
2006/03/09:修正中
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