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ルーン(Lúin

分類魔槍
表記◇ルーン(マイヤー)
◇Lúin(マイヤー, Ellis), ◇Lúin, Luin(MacKillop)
語意・語源◇"lance"(MacKillop)
系統アルスター物語群
主な出典◇『ケルトハル・マク・ウテヒルの最期』 (Aided Cheltchair maic Utechair)??
アルスター物語群の一つ。ブリウグのブライを殺したアルスターの戦士ケルトハルが、その罪の償いに、アルスターの住民を三度災いから救いだすことを要求される。『レンスターの書』と16世紀の写本に不完全な形で残されている。(マイヤー)
◇『ダ・デルガの館の崩壊』 (Togail Bruidne Da Derga)??
アルスター物語群の一つ。物語の主人公は王妃メス・ブアハラの子コナレ・モール。義父エルダシュケール王の死後、コナレは新たな王となるが、乳兄弟たちは彼を顧みず国内で傍若無人に振舞う。コナレは彼らを相応に罰しなかったため、《王者の正義》を損ない、自らに課されたゲシュを破ることを余儀なくされる。『レカンの黄書』と1300年頃成立した写本に完全な稿本が、『赤牛の書』と後代の幾つかの写本に断片が残る。これらは9世紀に成立した二つの異本を11世紀に編集したものと考えられている。(マイヤー)
参考文献 ◇八住利雄編 『世界神話伝説体系40 アイルランドの神話伝説〔I〕』 名著普及会, 1981.2(1929.3)
◇青木義明 「翻訳 古代中世アイルランド伝承文学「レンスターの書」より マク・ダ・ソの豚の物語」 『法経論集』第61号, 1988.12
◇Truth In Fantasy編集部 『魔法の道具屋』 新紀元社, 1992.11
◇ベルンハルト・マイヤー(鶴岡真弓監修, 平島直一郎訳) 『ケルト事典』 創元社, 2001.9
◇Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, ABC-CLIO, 1992
◇James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998


◆ドゥフタハの受け継いだ槍

ベルンハルト・マイヤーの『ケルト事典』(1994原著/2001訳)「ドゥフタハ Dubthach」の項には、「ルーン」という名の槍が登場する。まずはこの「ドゥフタハ Dubthach」の項をその冒頭から引用しよう。

アルスター物語群における,誰からも恐れられたアルスターの武者。陰険な話ぶりから,ダイル・ウラド Dael Ulad 《アルスターのタマオシコガネ》あるいはダイルテンガ Daeltenga 《タマオシコガネの舌》のあだ名がある。ドゥフタハは勇者ケルトハル・マク・ウテヒルから名槍ルーン Lúin を受け継いだ。この槍は決して狙いを外すことはないが,戦いの前に穂先を毒に浸して,槍の柄や持主が燃え上がらないようにしなければならなかった。(p.158)

アルスターの戦士ドゥフタハの持つ槍はルーンという名で、ペルシア王の毒槍(「"屠殺者"」の項参照)を思わせるような不思議な力を持っていたらしい。また、それはケルトハル・マク・ウテヒルという人物から受け継いだものだったという。ただ、これだけでは、ドゥフタハがどのようにしてケルトハルからこの槍を手に入れたのか、この槍はどのような物語に登場するのか、いずれもよく分からない。そこで、話題に上っている「ケルトハル・マク・ウテヒル Celtchar mac Uthechair」の項を引いてみると、こちらには「ルーン」の名はなく、特別な槍を持っていたとの記述もない(p.97)。そして、管見の限り、この槍の名を挙げている邦語文献は、マイヤーの『ケルト事典』以外に存在しない。



◆勇者ケルトハルの名槍

一方、複数の洋書にこの槍に関する記述を発見することが出来たので、これを引用しておきたい。一冊目は、Peter Berresford Ellis, Dictionary of Celtic Mythology, ABC-CLIO, 1992 である。同書には"Lúin"という項目があるが、そこには次のような記述がある。

The enchanted spear of the Red Branch hero Celtchair, which was left abandoned after the second battle of Magh Tuireadh by one of the De Danaan. When it smelt the blood of an enemy it twisted and writhed in the hands of its owner, and if blood was not spilt, a cauldron of venom was the only means of quenching it before it turned on its holder.(p.148)

日本語に直訳するならこんな感じだろうか。「レッド・ブランチの英雄ケルトハルの魔法のかけられた槍で、デー・ダナンの一人によって、二度目のマグ・トゥレドの戦いの後、捨てられるように残されたもの。敵の血を嗅ぎつけると持ち主の手の中でよじれ、身もだえして、もし血が流されないなら、毒液の大釜が持ち主に敵対する前にその渇きを癒す唯一の手段だった」。後半、(訳が不味いために)文意が不明瞭だが、要は、敵の血が流されない場合には、血に飢えて持ち主を襲う。その飢えを癒すためには毒液の大釜に浸しておかなければならない、ということだろう。

二冊目は、James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998 である。こちらは"Lúin, Luin"で項目が立っている。ここには初めに"[OIr. lúin lance]."との記述があり、この語が初期アイルランド語で「槍(lance)」を意味する言葉だったことが分かる(「マック・ア・ルイン」の項も参照のこと)。これに続いて槍の説明があるが、内容は次のとおり。すぐ後に私の稚拙な邦訳を付したので、何かお気づきの点があれば指摘していただけると有難い。

One of the most famous spears of early Irish literature, belonging most often to Celtchar. To quench its thirst for blood, Luin had to be dipped in a cauldron containing 'black fluid' or 'poison' from time to time; otherwise its shaft would burst into flame. Mac Cecht uses it to kill Cuscraid. Dubthach Doeltenga borrows it for Cath Maige Tuired[The (Second) Battle of Mag Tuired] but loses it soon after.(p.275)

「古代アイルランド文学において最も有名な槍の一つで、大抵の場合、ケルトハル(Celtchar)の持ち物とされる。血の渇きを癒すために、ルーンは"黒い流体"か"毒"を入れた大釜に浸さなければならない。さもないと、その柄が炎に包まれてしまうのだ。Mac Cechat はこれを Cuscraid を殺すのに用いた。ドゥフタハ(Dubthach Doeltenga)はマグ・トゥレドの二度目の戦いのためにそれを借りてきたが、直後にそれを失ってしまった」。

両者の記述は断片的なせいもあって、少々食い違っているようにみえるが、基本的にはケルトハルの槍であること、大釜につけておかないと持ち主に危害が及ぶこと等は共通している。要継続調査。



〈考察:出典となる物語は?〉

問題はこの槍の名がどのような物語に登場するのか、すなわち、出典は何かである。マイヤー(2001訳)によれば、ケルトハルは『マク・ダトーの豚の物語』、『クー・フリンの病』、『ケルトハル・マク・ウテヒルの最期』に(p.97)、ドゥフタハは『ウシュリウの息子たちの流浪』と『クアルンゲの牛捕り』に登場している(p.158)。さらに、Ellis(1992)の"Dubhthach Doéltenga"の項によれば、ドゥフタハは『ダ・デルガの館の崩壊(The Destruction of Da Derga's Hostel)』と『ブリクリウの饗応(Bricriu's Feast)』にも登場しているらしい(p.86)。この中にルーンの登場する物語があるはずだ。

結論から先に述べると、最も可能性が高いのは、『ケルトハル・マク・ウテヒルの最期』ではないかと私は思う。この物語が、その題名から分かるとおり、槍の持ち主であるケルトハルを主人公としているからである。また、マイヤー(2001訳)の「『ケルトハル・マク・ウテヒルの最期』 Aided Cheltchair maic Utechair」の項には次のような説明がある。

物語は武者ケルトハルがブリウグのブライ Braí を殺すことから始まる。この罪の償いに,彼はアルスターの住民を3度災いから救い出さねばならない。最初に,アルスターを荒らしまわる武者コンガンフネス Conganchnes (《胼胝》の意)討伐を課される。計略によって彼を打ち負かし,殺すことに成功する。次に,毎夜アルスターで人や家畜に襲いかかる恐ろしい犬を退治しなければならない。ケルトハルはこれもやり遂げる。1年後,牛飼いたちがコンガンフネスの墓の中から赤と斑と黒の3匹の仔犬を見つけだす。赤犬はレンスターのマク・ダトーに,斑の犬は鍛冶のクランに,黒犬はケルトハルに贈られる。この黒犬が野生化して牧場の牛や羊を襲って食い殺したとき,アルスターの住民は三つめの償いとして黒犬殺しを要求する。ケルトハルは黒犬を槍で刺し殺すが,黒犬の血が槍を伝って一滴彼の身体に滴り落ち,彼の命を奪う。(p.97)

ここに登場している槍こそが、ルーンなのではないだろうか。ちなみに、『マク・ダトーの豚の物語』については、青木義明による『レンスターの書』からの邦訳が存在するが(『法経論集』61, 1988)、ここにルーンの名は見えない。また、『ウシュリウの息子たちの流浪』についても、複数のバージョンの邦訳が存在するが(詳しくは「ゴーム・グラス」ほかの項参照)、ここにもこの槍は登場しないようである。



〈先行研究批判?:ズフタフの槍〉

以前、とあるサイトの掲示板で「ズフタフの槍」という槍が話題に上ったことがあった。複数のゲームに見られる名前だが出典が分からない、というのである。結局、「ズフタフ」は「ドゥフタハ(Dubthach)」のこと、つまり、「ズフタフの槍」とは本ページで紹介しているルーンのことだろう、というので無事に解決したわけだが、この「ズフタフ」というカナ表記の出所に関しては、特に言及されていなかったように思う。そこで、ここで少し考えてみることにしたい。

「ズフタフ 槍」でネット検索をかけると、「ズフタフ」の名が複数のゲームシリーズに使用されていることが分かる。『マリーのアトリエ』(PS/SS・RPG・ガスト・1997)を初めとするアトリエシリーズの「ズフタフ槍」、『真・女神転生2』(SFC/PS/GBA・RPG・アトラス・1994/2002/2003)など女神転生シリーズの「ズフタフの槍」、『ラングリッサー3』(SS・SLG・メサイヤ・1996)などラングリッサーシリーズの「ズフタフ」等である。これら複数のゲーム制作者が直接参考にしたのは、おそらくはTruth In Fantasy編集部の『魔法の道具屋』(1992)だと思われる。同書は西欧の神話・伝説・民話に登場するマジック・アイテムを紹介した本だが、この中に「ズフタフの槍」も紹介されている。

暴走に注意|ズフタフの槍
 戦いの兆しを感じとると、柄から炎を吹き出し、唸りながら勝手に戦場へ向かっていくという魔槍である。戦時には頼りになるが、平時に野放しにしておくと、否応なしに戦争を引き起こしてしまう。このため、いざ使うときまでは厳重に保管しておく必要がある。普段は眠り草の中に納めてられているという。【ケ】(p.29)

引用文末尾の【ケ】は、その武器の出典がケルト神話にあることを示している。では、『魔法の道具屋』(1992)は何にもとづいてこのような武器を紹介したのだろうか。最も可能性が高いのは、同書の参考文献にも挙がっている八住利雄編 『世界神話伝説体系40 アイルランドの神話伝説〔I〕』(1929/1981)だろう※1。そこには次のような記述がある。

ウルスタアのズフタフ(Duftach)もいた。彼は不思議な魔力のある槍をもっていた。その槍は、戦いの兆があると、すぐに眠り草の中へ入れておかなければならなかった。外へ出しておくと、その槍の柄はたちまち火を発し、血に餓えて、怒りの声をたてながら飛び出して行くのだった。(p.153)

『魔法の道具屋』(1992)とほぼ内容を同じくする記述である。しかし、ここには見逃せない相違がある。すなわち、八住(1929/1981)では自明であった「ズフタフ」という人物の存在が、『魔法の道具屋』(1992)では「ズフタフの槍」という「槍の名前」にしかあらわれていない。そのため、この文章だけでは「ズフタフ」が人名であるとは判断しにくいのである。もちろん、『魔法の道具屋』(1992)の書き手は「ズフタフ」が人名であることを認識していただろうし、それを隠す意図もなかっただろう。しかし、結果的にその事実は文章に十分に反映されなかった。そのため、この名前を採用したゲーム制作者たちは、「ズフタフ」をこの槍固有の名前として受け取り、所持者の人名とは判断しなかった可能性が高いのである。この事実は、テキストを介した情報伝達の難しさを表しているが、同時に人口に膾炙する「名前」の成立過程の一典型例を示しているように思われ、私にはとても興味深い。

ちなみに、上記引用箇所は同書の第II章「古代ミレシアンの種々なる王に関する神話伝説」26節「コナリイと従者たち」の一部だが、そこで語られている物語は『ダ・デルガの館の崩壊』の再話だと思われる。すなわち、『ダ・デルガの館の崩壊』にもこの槍が登場しているわけだが、八住(1929/1981)は「ルーン」やそれに類する「名前」を登場させてはいない。そのため、『ダ・デルガの館の崩壊』にその「名」が登場しているか否かは確かめられない。継続調査中。

※1 : 厳密に言うなら、参考文献に載っているのは、「『イギリスの神話伝説 アイルランドの神話伝説 I 』 1987 名著普及会 八住利雄著」である。ただ、両者は版が異なるだけで本文に差異はない。


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